インビクタス/負けざる者たち

 5歳になる長男はやたらと絵本が好きで、寝るときには決まって「本を読んでくれ」と催促してくる。僕自身、本が大好きなのでよく書店に付き合わすのだが、必ず自分の欲しい絵本を持って一緒にレジに並んでくるので金が掛かってしょうがない。そんなわけで、息子はしょっちゅう幼稚園から絵本を借りてくるのだけど、何故だかモーリス・センダックの「かいじゅうたちのいるところ」を何度も借りてくるので、そんなに気に入っているのならば、と遂に買ってあげた。その流れでスパイク・ジョーンズの映画を2人で泣きながら観ることになったのだ(因みに僕は息子から心配されるほどの号泣だった)。今までに何十回と読んだわずか40ページ足らずの絵本の、その奥深さに感動し・・・「そうか、この“かいじゅう”たちは多感な子供の1つ1つの感情自身なのか」とようやく気付いたり、絵本のまんまの“かいじゅう”たちに、いちいち「スパイク・ジョーンズ、すげー・・・・」と涙が止まらなかったのだ。敢えて1つだけ難を言うならば、コレの“予告編”でのアーケイド・ファイアの「ウェイク・アップ」があまりにも相乗効果をもたらしていただけに、結局本編では使われていなかったってのが残念だったが・・・・。
 僕にとって、正にコレと同じ「すげー・・・・」に涙してしまうのがクリント・イーストウッドの映画だ。しかし、僕ははっきり言ってクリント・イーストウッドが苦手だったのである。にも関らず、この80歳になろうとする老人は、まるで「おい、非世っ子、しっかり学べ」と云わんばかりの説教じみた角度から、いつだって僕を泣かせにくるのだ。つい最近まで、この大先輩に対しては未だ60年代の『ローハイド』や『荒野の用心棒』といったマカロニ・ウエスタンのイメージが強く、正直“古臭い”感覚を抱いていた。70年代の『ダーティハリー』シリーズは、僕はまだ子供過ぎて物心付いていないし、思えば『4』は映画館で観たのだが、渋いおっさんの刑事モノくらいの印象しかなく・・・しかし調べたらコレは83年の映画なので、ということは僕が観たのは11才の頃。ちょうど『ロッキー3』(82年)や『ランボー』(83年)、『ターミネーター』(84年)に『コマンドー』(85年)などで、シルベスタ・スタローンやアーノルド・シュワルツェネッガーといったアクション・スターが大活躍している時期だ。それらに興奮している少年時代の僕が『ダーティハリー』に反応するわけがなく、37歳にしてようやく気付いたのだが、コレは何もクリント・イーストウッドが悪いのではなかったわけである。70年代の『ダーティハリー』シリーズ、それに名作『アルカトラズからの脱出』を経て迎えた80年代は全くパッとせず(僕の個人的な意見として)、イーストウッドはすっかり“過去の人”のイメージだったのだけど、90年代に入り大復活。まず92年の『許されざる者』。監督・主演を務めた本作はその年のアカデミー賞の作品賞と監督賞を受賞し、世界的に特大ヒット!今でも映画史に於いて“最後のウエスタン”と称されるほどの名作・・・・なのだが、僕がイーストウッドに抵抗感を抱くようになったのは実はこの映画からであった。世間からどれだけ絶賛されようが世界中で大ヒットしようが、僕にはどうしてもこの映画が面白いとは思えなく、更に、その後のヒット作『ザ・シークレット・サービス』、『マディソン郡の橋』(コレは僕が観た全映画の中で1番嫌い)、『目撃』、『トゥルー・クライム』などに対しても全て同様の感想しか抱けなかったのだ。
 しかし、僕のこのトラウマのような偏見を完全に払拭させた1本が03年の『ミスティック・リバー』だった。そしてそれからの『ミリオンダラー・ベイビー』(04年)、『チェンジリング』(08年)『グラントリノ』(08年)と、彼の監督作に圧倒され続け、気が付けば僕はもう完全にイーストウッドの信者になっていた(06年の『父親たちの星条旗』、『硫黄島からの手紙』は正直、全然良い映画だとは思わなかったのだが、テーマがテーマだけに本能的な部分で致し方無いのだろうか?)。思えば、この人の“監督作”というのはどれも秀でていて、71年の監督デビュー作『恐怖のメロディ』からして、田舎のDJが、いつも同じ曲をリクエストしてくる女とヤッちゃって、その女が徐々に豹変していくサスペンス・スリラー、といういわゆるストーカーもの。71年の時点でこういうの撮ってるってのが、既に何だか“格”が違うという感じなのである。93年の『パーフェクト・ワールド』は今でも大好きな1本だし、97年の『真夜中のサバナ』は面白過ぎる割には知名度が低いので、周りに薦めまくっていたのを思い出す。で、彼の最新作がこの『インビクタス 負けざる者たち』だ。(邦題はやはりどこか説教染みていて本能的に拒否反応を起こしてしまいそうになったが)もしかしたらコレは彼の最高傑作になるのでは?というほどの大傑作である。70歳になってから再び自身の全盛期を迎えた人を僕は他に知らないし、今年80歳になる時点で最高傑作を創り出すということ自体、正に神懸かっていると云えないだろうか。
 コレは、「アパルトヘイトは差別ではなく分離発展である」と強化された人種差別制度や経済格差が未だ残る国をまとめるため、南アフリカ共和国初の黒人大統領となったネルソン・マンデラと、同国のラグビー代表チームのキャプテンとの人種を超えた絆を描いたジョン・カーリン原作のノンフィクション小説の映画化である。その2人を演じるのはモーガン・フリーマンとマット・デイモン。想像しただけ心温まる顔合わせだ。しかしながら、この物語をただの“泣ける感動ドラマ”に終わらせていないところがやはりイーストウッドの底力である。観終わった後に暫く平常心ではいられなくなるくらいにダイレクトに訴えかけてくる映画力。この力はもうクリント・イーストウッドの王道とも云えるだろう。不謹慎な言い方かもしれないが、“映画の神様”が創る映画をまだこうやって劇場でリアルタイムで観れている僕らはとても幸せであり、確実に、後に“貴重な経験”だったと思えることになるはずだ。1,800円を安いと思わせる価値というのは、こういう映画を云うのだと思う。

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