アイアンマン2

 先程までの騒々しさが嘘みたいに静まり、乗客もまばらな閑散とした車内。現在地を確認する為に読んでいた文庫本から顔を上げる。窓の外は暗過ぎて暫くは把握できなかったが、やはり、というか予想通りの景色だ。五位野駅まで来ると「あと1駅か・・・・」という安堵感と共に、いつも子供の頃の記憶を連動して思い出す。うちの親は車の免許を持っていなかったので、家族で何処かへ行こう!となっても、まず“ドライブ”という観念が無い為に必然的に移動範囲が限られてくるのだった。だからなのか、僕にとって“平川動物園”は幼い頃の記憶の中で“家族と一緒に行った最も遠い場所”であり、且つ“1番楽しく幸せだった思い出”でもある。5年前に死んだ親父は、免許持ってないくせに「この前うちに来た○○君も誘え」と言い、その友達も一緒に連れて行くのだ。JRで。JRで、だ。逆に友達の親が「車で皆を連れて行く」と、懇願と言っても過言じゃない提案をしてきても(そこにどういう大人の会話があったのかは今となっては知るすべもないだが)、やはり僕らはJRで行ったのだった。とは言っても、多分行ったのは2~3回くらいかもしれない。その2~3回が、僕にとっては未だに家族との最高の思い出だ。今までに行ったパリやロンドン、グァムやハワイですら敵うことのない“思い出の場所”なのだ。きっとこの駅にあるコアラの家族の絵(看板)がそれを思い出させるのかもな、なんて思いつつ次の平川駅で降りる。ココで降りるのは大抵僕独りだ。そして大人になったオレがこんな所に家を建てたなんて・・・・親父が生きてたら何て言うだろうなぁ・・・・とか思いながら、殆ど街灯すらない真っ暗な道を歩き慣れた勘だけで足早に登っている途中でまたも着信が。実はさっきから何度もあったのだけど、電車内だったので無視していたのだった。案の定、ついさっきまで一緒に飲んでいた友人からだ。『アイアンマン2』の話で熱くなり盛り上がっていたところで僕が帰ったものだから、彼にしてみれば「マジで怒ったのか?!」&「なんで話の途中でそんなに慌てて帰る?!」で、当然ながら話し足りないのであろう。電話に出て「いや、ただ本当に23時23分が最終だったんだよ」と言う。嘘ではない。
 そもそも僕は日頃あまり映画の話をしない。が、勿論映画は大好きだから映画好きな人と映画の話をするのも大好きで、ましてや酒を飲みながらなんてとても幸せなひとときだとも思っている。しかしそれは思うに、“自然とそうなるべくして・・・”が重要であり・・・・例えば男女の仲で言えば、殆ど無意識レベルで今自然と手を握りましたよね?って言うか、“そうなるべくして”こうなりましたよね?という感じで、ごく自然と「あの映画観た?」みたいなノリだとなんら違和感など無いのだけど、こうやって10年以上も映画のコラムを書かせて貰ったりしていると「あぁ、あなた映画好きでしたね?では映画の話でもしましょうか?」とあからさまに“あなたに話を合わせましょう”感満載で映画の話をしてくる人も多いのだ。本人には全く悪気は無いのだろうが(むしろ親切心か?)、申し訳無いのだけど僕だってわざわざそんな話をする気は無いである。「あぁ、気を使わせちゃってるな・・・」という気持ちがより気を使わせるものだし。その日一緒に飲んだ彼は、何度か〈Short cut〉にも参加してくれた人だ(って言うか、それがきっかけで後から実際に会ったのだが)。今夜は久しぶりに彼も含めた“映画好き”数人と飲み、当然ながらというよりも半ば使命感のような感じで映画の話になる。先程述べたように、話題は『アイアンマン2』だ。この映画を語るに当たり、まずはこの前作で完全復帰した主演のロバート・ダウニー・Jrの話は欠かせないのだが、彼については以前に『シャーロック・ホームズ』で書いたのでココでは端折るとして、同様に、ミッキー・ロークやグウィネス・パルトロー、それにサミュエル・L・ジャクソンにスカーレット・ヨハンソン、ドン・チードルなど“復帰作”としても取れる大物俳優陣が揃っていることはただの偶然なのか?それとも必然なのか?という話題で徐々に盛り上がってきたのだった。まぁ、その辺までは良かったのだが、オレが「早く観たいなぁ・・・・」と何気に言うと彼の態度は豹変し「いやいや、アレは観ないでしょ?」と笑いながら「いい歳して!」と付け加えてきたのだ。それはまぁ、人それぞれなので冷静に「オレは好きだよ」と答えた・・・・後に「アメリカでは『今年観たい映画』のナンバー1だった」と続けたものだから彼の映画心に火が付いたのだろう。「アメリカ人の感覚・統計を参考にするのか!?」と。そりゃ、するだろう。だって『アイアンマン2』はアメリカ産なのだから。「本当の映画オタクはハリウッド大作を毛嫌いするものだ!」いや、オレはそもそも“映画オタク”ではないから・・・・こうなったらお互いに後に引けない雰囲気になり、彼は終いには「あぁいうアメコミ大作は30代も後半になると観に行くのが恥ずかしい」とか言い出す始末。僕は本当に“映画”が大好きだけど(ホントは胸を張って「映画オタクです」と自己紹介出来るくらいに)、しかしながらハリウッド超大作も大好きだ。いや、ハリウッド超大作が、大好きなのだ。映画好きな人と語るとよくこうなるから面倒臭い。“映画ファン”を豪語する人は何故だか“アンチ・ハリウッド大作”の人が多く、そこに話を合わせられない僕はいつも口論じみた雰囲気になってしまうのだった。
 先にも書いたように、この『アイアンマン2』は全米で“今年1年間で1番観たい映画”のダントツNo.1の期待を背負い、いきなり歴代5位の驚異的興行成績で初公開。その翌週に公開された、やはり記録的大ヒットをしたリドリー・スコット監督、ラッセル・クロウ&ケイト・ブランシェットの超話題作『ロビン・フッド』ですら2位に留まり、『アイアンマン2』は2週連続で1位をキープする快挙を遂げたのだ。こうなればもうこの映画は確実に本物である。しかし、これを熱く語れば語るほど彼のようなタイプの“映画オタク”には逆効果なのである。「興行成績に左右されるのか?!そこに自分のポリシーはあるのか!?」と。売れた映画はやはりそれなりに面白いのだ。だからヒットしたのだ。屁理屈を捏ねず、面白いものは素直に面白いと言い続けたい。・・・・・しかし本当はそれほど意地を張っているのではないことをお互い分かっていたりもするわけで。本音は「まぁ、別に良いのだけど・・・・」と思いつつ、その討論が楽しいのだろう。ただ楽しく飲みたい僕はそんな討論なんかしたくは無いのだけど。その日「最終の便に間に合わない」というのは決して嘘では無いとして「もう帰ろう」と決意した理由に、彼のティップラインの入ったポロシャツがジーンズにインしていたことが最大の理由だったということはまだ本人には言っていない。フレッドペリーが大好きな僕にとって、そのシャツがジーンズにインされているのはたまらなく許せなかったのだ。

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