ゴースト もういちど抱きしめたい

 さて、幽霊ってのは実在するのだろうか?因みに僕の持論としては、そんなもの絶対に居ないと思っている。が、理屈ではどうにも説明できない不可思議な体験をしたことも何度かあって、じゃ、それをどう説明する?ってなると「幽霊だったんじゃない?」って片付けた方がしっくりきたりもして・・・・。
 僕は親父が死んでから、部屋を真っ暗にして寝たことは1晩たりとも無い。出てこられたら困るし。7年前に親父が死んだ時、その両親(僕からすると爺ちゃん、婆ちゃん)はまだまだ元気で健在であった。不思議なものだ、親父の死をきっかけに2人は途端に老人になったように思う。そして去年、爺ちゃんが死んだ。それをきっかけに独り残った婆ちゃんは今、施設で暮らしていて、僕が子どもの頃の盆正月には親戚中が集まり大賑わいだった田舎の家は、もう誰も居なくなり、それもまた見る度に急激に廃墟になっていく感じなので不思議である。施設の個室で生活しているお婆ちゃんは年齢のせいもあり、多分8~9割の時間は“思い出”の中で生きているように思う。「お父さんは元気か?」とか「爺ちゃんはもうそろそろ退院出来ると思うんだけど」と、顔を綻ばせて無邪気に話し、僕はその度、曖昧に「うん、そうだね」と答えるしかない。そしてたまに全てをクリアに理解し正気に戻っている時は、ただひたすらに泣いていて、そんな時も僕は曖昧に「そうだね・・・・」としか言えないのだ。孫が生まれた直後、生きたくても生きられなかった親父。そして息子と旦那を既に亡くし、独り取り残された“永く生きすぎた命”。親父と爺ちゃんが死んだ後も、僕らとお婆ちゃんの人生は時に幸せに続いて、あの夏に取り残されたのは親父らの方であるのに、まるでお婆ちゃんの方が独り取り残されているようで見ていると無性に悲しくなる。
 パトリック・スウェイジにデミ・ムーアの、あの『ゴースト ニューヨークの幻』のリメイク作。幸せ絶頂期のカップルをある日突然強盗が襲い、男はあっけなく殺されてしまう。正に“死んでも死にきれない”男は幽霊となり愛する彼女の傍に付いて守ってあげる・・・・。そんな甘酸っぱいファンタジーに緊張感溢れるサスペンスの要素も絡み世界中で特大ヒットを記録した、ファンタジー・ラブロマンスの金字塔とも云えるこの映画に関しては今更解説なんか必要ないであろうと、みんなこのタイトルだけで全てを察してくれるだろうと勝手に思っていたのだが、よくよく考えてみると『ゴースト』は90年の作品であり、ってことは今から20年前。20代の若い世代は確実にリアルタイムで観ているわけがなく、それどころか観たことも無いって人も大勢居るのでは?と思うと何とも不思議な気持ちにすらなる。「えっ!?若いのに『ゴースト』観たことないの!?」みたいな。『ゴースト ニューヨークの幻』が公開されたのは僕が高校生の時で、人生の中で最も青春を謳歌し浮かれていた時期であった。なのでこの映画を観た後暫くは「オレもみんなから惜しまれながら死んで幽霊になり、大好きなあの娘の傍に四六時中付いてあげて守ってあげたい!あぁ、事故りたい!」なんて、日々夢見心地だったものだ。きっとあの頃の男子はみんなそう思っていたに違いない。自分がそんな年頃に観たせいか?『ゴースト』というラブロマンスは10代~20代の世代にウケる映画なはずだ、と思い込んでいたのだけど、もしかするとこの『ゴースト もういちど抱きしめたい』は正に僕ら世代から上、30代後半以上の世代がターゲットなのではないだろうか?とも思えてくる。青春時代に『ゴースト』を観てパトリック・スウェイジに憧れた世代。そう思えばこのキャスティングも妙に納得出来たり・・・・。舞台をココ日本に移し、更に“ゴースト”となるのが男性から女性に変更になってはいるが、結構『ニューヨークの幻』が忠実に再現されている。って言うか、ただの泣きのドラマに終わることなくかなり良いドラマになっていると思う。先に述べた松嶋菜々子演じる男女逆のゴースト設定もそれがより巧く機能するよう活かされているし。そして何と言ってもオリジナルでウーピー・ゴールドバーグが演じた霊媒師を務める樹木希林!この人以上の配役は無いだろう、と云えるくらいに見事!意外に1番の泣き所がこの人だったりもして。更に主題歌にちゃんと「アンチェインド・メロディー」を持ってきているところがまた流石である。だって『ゴースト』と云えば「アンチェインド・メロディー」だろうし、またその逆も然りなわけで・・・・。ライチャス・ブラザーズの日本リメイクに平井堅ってのも正当というか正解な気がする。
 施設で独り暮らすお婆ちゃんには、死んだ親父や爺ちゃんが傍に付いて守ってくれているのだろうか?たまに、同じ夢をみることがある。駅のホームに1人立つ小学生くらいの男の子。小学校1年になる僕の息子にそっくりだがそうではなく、また僕自身でもない。幼き日の死んだ親父だ。駅に入ってくる列車には今の僕くらいの年齢だろうか?まだ若き日の爺ちゃん・婆ちゃんが乗っていて、満面の笑みで我が子を迎えている。幼き日の親父は列車に飛び乗り、まるで久しぶりの再会を喜ぶように両親に駆け寄り笑いあっていて・・・・とても幸せな夢だ。また僕らもいつの日か再会できるのかな?なんて思うと、元気がでる。

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