ウォール・ストリート

 友人と2人で小さな小さな会社を立ち上げて10年。死んだ父はサラリーマンだったし、それまで経営の勉強なんかしたこともなかったので、それらしきセミナーや講演会などあれば手当たり次第に参加するようにしていた。が、しかし、最近はかなり中身を吟味して受講するようにしている。単に、闇雲に受けても頭に入らないし、受講料もバカにならないし・・・・なのだが、実は僕にとって「受講するセミナーもちゃんと選ばなければ」と思わせる決定的なセミナーがあったのだ。それはとある銀行のセミナーで講師もそれなりに、というか、かなり有名なコンサル会社の社員であった。確か5回あるうちの3回目くらいだったか?「A(製造メーカー)からB(中間業者)を経てC(消費者)という流れを見直せばどうだろう?自分が知っているある業者A(製造メーカー)はB(中間業者)を飛ばして直接C(消費者)に売る方法を思い付き成功した。それによってA(製造メーカー)は今までより多くの利幅を確保出来たし、C(消費者)は少しでも安くで買えるようになった」と、さも革命的な演説のように偉そうに話す若造(明らかに自分よりは年下そうだったので)の話を聞きながら僕は「偏ったこと言うヤツだな、ふざけんな」と下品な言葉を胸に秘めつつ「じゃ、僕のようなB(中間業者)はどうすればいいのですか?」と丁寧に質問してみた。しかし彼は動揺の1つも見せずに「それは、その立場で一生懸命に考えて下さい」と興奮したままで言ってきたのだ。既に5回コースの受講料を全額払っていたにも関わらず、残り2回のセミナーをキャンセルしたことは言うまでもないだろう。そんな些細なエピソードなら山ほど抱えている社員10人にも満たない零細会社の年商を、軽く超える年収を得ているサラリーマンってのが世の中には腐るほど居るのだから何だかやってられない。こっちは、これでも人生を賭けて会社という組織を廻しているというのに、だ。しかし、まぁ、「年収5000万で移動はファーストクラス?そんな小っぽけなヤツに用は無い。自家用飛行機で移動し、ほんの1億くらいは自由に動かせるヤツじゃなきゃ“成功者”とは言わない」なんていうゴードン・ゲッコーのセリフを聞けば、僕なんか、なんて小さい存在なんだろう?と心底思うのだ。「オレは、彼ら(成功者)からしてみれば“無”か?」と。
 87年にオリヴァー・ストーン監督が世に放った『ウォール街』は、今でも頭の固いビジネス書の論文などに引用されるほど“経済の参考書”とも云える歴史的大傑作である。しかし僕はこの映画を劇場で観て「全然面白くない」と思った記憶があるのだけど、公開年を考えるとまだ中学生の時なので無理もない気がする。当時なんて、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85年)と『ティーン・ウルフ』(85年)の流れで観た、マイケル・J・フォックス主演の『摩天楼はバラ色に』(86年)が『ウォール街』と同様の“経済映画”だと思っていたし、ならば『摩天楼~』の方が断然面白いじゃないか、と疑わなかったのだから。それから永い年月を経て、何かの本で『ウォール街』を分析して“楽しく”経済・経営を学びましょうみたいな記事を読み、改めて興味が沸き映画を観直してみたのだが、その時の衝撃は相当なものであった。もうなんと言うか、物語もさることながら登場人物のセリフがいちいち凄いのだ。正に“教訓”だらけで、1度観た後に再度頭から、しかも1回1回一時停止をしてあれこれメモりながらだったので観終わるまでに4~5時間くらいかけたと思う。その時のメモが今手元にあるのだけど、また改めて読んでみると面白い。「人生の分岐は数分で決まる」とか「景気の良い時に一攫千金を稼ぐヤツは沢山居るが、地道にコツコツやるヤツが不景気を乗り越える」、「ツキのある時に頑張れ!ツキはすぐに消えるから」だとか。成功(金)に向かって突き進むチャーリー・シーン演じるバドの親父さん(そう言えば父親役をマーティン・シーンが演じていて、実の親子共演だったわけだ)は、そんな息子を心配し「金はやっかいだ、今日生きていく分だけあれば良い」とか「人の成功を財布の中身で判断しない」とか、またいちいちカッコ良いことを言うのだ。が、「損得で物事を決めない」とカッコ良く言う親父さんに対し「それは成功できないヤツの決めセリフ」と言い放つゴードン・ゲッコー、恐るべしである。彼は「120%の力で頑張ります!」という部下に「そういうことじゃない、ワタシを驚かせて欲しい、そうすれば君をリッチにしてやる」と言い、「君の欲しいものは?・・・世界最高水準の生活用品に世界平和?・・・それだけ?!」と驚いてみせるのだから。A4サイズ数頁にわたりぎっしりとメモされた僕のノートには他にもたくさんのセリフや解説みたいなのが書かれているのだが、「誰でもやってることだ・・・それをすれば想像もしない大金が君の元に転がり込む」という明らかに不可解なセリフに赤で下線が引かれているのが我ながら謎である。きっとその時はバド同様、すっかりゲッコーの雰囲気に呑まれていたのだろう。
 最初にこの『ウォール・ストリート』の情報を訊いた時、僕はてっきりこの『ウォール街』のリメイクだと思っていた。しかも、監督はオリジナルと同じオルヴァー・ストーンで、金融街のドン、ゲッコー役に再びマイケル・ダグラス!で、チャーリー・シーンが演じたバド役にシャイア・ラブーフなのだと。マイケル・ダグラスがあれから20年以上の実年齢を重ねた分、カリスマ投資家ゴードン・ゲッコーの貫禄は格段に増しているだろうし、シャイア・ラブーフにしても『ディスタービア』(07年)での彼を観る限り、チャーリー・シーンの代役としてコレ以上は居ないってくらい適役だと思ったわけで。ただ、そうは言っても、この設定に関しては今の世の中で受け入れられるのか?ってのが大きな疑問であった。このご時勢で、企業スパイのハシゴや闇口座、インサイダー取引ってのをあれだけ堂々とやり切れるとは到底思えないし・・・・。が、なんと!この映画は『ウォール街』のまさか?!の続編なのであった。80年代のマネーゲームをしっかり21世紀の現代版にアップデートさせた上、今度は濃厚な人間ドラマまでも継ぎ足された何とも贅沢な仕上がりになっている。(チャーリー・シーンもさりげなく登場してくるので涙モノだ)『ソーシャル・ネットワーク』同様、今を生きる僕らにとって“観ておかなければいけない”1本だ。

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