トゥルー・グリット

 きっと、南国鹿児島にずっと住んでいる人たちの多くがそうであったように、僕にとってもまた今年の大雪は“人生初”というほどの経験であった(旅行先でのそれは別として)。市内はすっかり雪が消えても自宅の付近では暫く溶けずに積もっているような田舎に住んでいる為、雪の日はまず家からも出られなかった。自宅前の道路が通行止めになってしまうのと、そもそもそれ以前に車を駐車場から全く動かせないのだから。初めて車の“SNOWモード”というボタンを押してみたが車体は滑りまくりで本当に怖い思いをした。しかし、庭も山も何もかもが一面の雪景色で、静まりかえった世界は息を呑むほどに幻想的であり、思わず子どもと一緒にはしゃいでしまったのだが。長靴をすっかり雪に埋め音を立てて歩いている途中、ふとコーエン兄弟の『ファーゴ』を思い出し、大好きな大好きな映画の世界に来れたような気がして嬉しくなった。と同時に、あの哀しいほどにバカらしく、しかし親しみを感じずにはいられない登場人物を思い、何だか無性に切なくもなったのだ。コーエン兄弟の映画はこうやっていつも僕の記憶の片隅に居座っている。84年のデビュー作『ブラッド・シンプル』から(実際に僕が観たのは99年の『ザ・スリラー』という副題の付いた再編集版だったが)『ミラーズ・クロッシング』(90年)や『ビッグ・リボウスキ』(98年)に『バーバー』(01年)、それに今思い出しても悪夢のような『バートン・フィンク』(91年)や『ノーカントリー』(07年)・・・・などなど、そのどれもが何かの拍子にふと思い出す、僕にとって特別な映画だ。
 そのコーエン兄弟の最新作が『トゥルー・グリッド』である。チャールズ・ポーティスの原作で既に69年に映画化された『勇気ある追跡』のリメイクだ(この映画、主演のジョン・ウェインがオスカーを獲ったりして結構有名であるにも関わらず、きっと殆どの人が観た事がないだろうけど)。物語は、父親を殺した犯人へ復讐を誓う14歳の少女が、酒浸りの保安官(このジェフ・ブリッジスが最高!)と、同じく犯人を追うテキサス・レンジャーと共に旅をする・・・・という至ってシンプルなロードムービー。で、正直、最初は「コーエン兄弟らしくない」と意外だったのが、この物語、復讐を誓う主人公が14歳の少女という設定とはいえ、映画自体はかなり王道で正統派だということ。それと、とてもストレートで温かく優しい映画であったことだった。にも関わらず、もう完全に“コーエン兄弟の映画”になっているのが凄い。この手のロードムービー的な映画にありがちな“ちょっと退屈”な時間なんて1秒も無く、ずっと映像に引き込まれる110分。そしてアメリカでは賛否両論の嵐だったらしいラストの「えぇ!?あ・・・そうきます?」という意外な展開(落ち着きどころ)まで、正にコーエン節炸裂!な映画なのだ。彼らは『ノーカントリー』で既にアカデミー作品賞や監督賞など主要部門を総なめにしているし、『ファーゴ』や『バートン・フィンク』などでも世界の映画賞を数々受賞しているのに、何故だか、それとは無縁のインディ系の匂いがするが実に不思議だと思う。で、今回の『トゥルー・グリッド』も今年のアカデミー賞10部門でノミネートされているのを「意外だなぁ・・・・」と思ってみたりして。しかし、そのお陰か?前作『シリアスマン』(09年)もようやく日本公開が決まって嬉しい限り!この映画にしても去年のアカデミーにノミネートされていたにも関わらず今まで日本公開が無くとても残念だったので(お願い!鹿児島でも公開して!)。
 ココまで書いておいてなんだけど、実は最初、今回は『英国王のスピーチ』を取り上げるつもりで原稿をほぼ書き終えていた。今年のアカデミー賞は『英国王~』か『トゥルー~』のどちらかに獲って欲しい!と願いつつも結局『ソーシャル・ネットワーク』なんだろうな、と勝手に予想していて、だから賞を逃すであろうこの大傑作『英国王~』を取り上げようと思って書きあげていたのだ。締切ギリギリではあったのだけど「まぁ、一応アカデミーの行方まで見てから仕上げよう」と原稿を出さずにいたら、ご存じのように『英国王~』が受賞したので「じゃ、『トゥルー・グリッド』だろ!」となったわけで・・・・(担当の塚本さん、今回もまた締切が遅れてしまったのは、まぁ、そういうわけなので宜しくお願いします)。好みがはっきり分かれるコーエン兄弟の映画だが、この最新作は僕みたいなコーエン兄弟ファンの人には勿論、今まで“アンチ”だった人にもきっと「彼らの映画で初めて好きかも」という作品になるのではないだろうか、と思う。

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