阪急電車 片道15分の奇跡

 「いつも怖い夢をみる。目が覚めてもまだ怖いままで涙が出た」と、小学校2年生になる長男が学校の先生に話し、その日、クラス全員で東北に向かって黙祷をささげたそうだ。連日流れるテレビニュースの映像がよほど恐怖だったのだろう。直接被災していないうちの子供ですらそうなのだから、現地の子どもたちはどうなのだろうか。それは、今まで“当たり前”だと思っていた日常が“当たり前”ではなくなった日だったのだ。先にも書いたように、直接被災していない人たちにとっても間違いなく“何か”が変わったのだから。今日みたいに初夏を感じさせる幻想的な夕焼けの中を車で走っていても心底幸せを感じることが出来なくなったように、僕らの中で、もう決して“その前”に戻ることのできない“何か”が変わってしまった。なんだろう?以前ならば、例えば鹿児島に住んでいる僕が「大丈夫、頑張ろう!」とか叫んでも、一歩間違えば「被災してないくせに他人事みたいに簡単に言うな!」と偽善者っぽく聞こえたかもしれない。でも連日テレビなどで目にする「頑張ろう、日本!」みたいなメッセージは決して偽善的には聞こえない。それはきっと日本人全員が被災しているからなのだと思う。日本国民で「オレ、全然関係ないっす!今日も全快っす!」なんて人は1人もいないだろう。いや正直、こんな世の中で元気なんか出ないですよ。で、思うのが、直接被災していない人が「放射能が~」とか「材料がこなくて~」とか「入荷が遅れて~」とか・・・・・確かに二次的三次的な被害も深刻であるには間違いないだろうけど、便乗するかのように被害者意識を強調するのはどうかとも思ってしまう。それだって大なり小なりみんな抱えているわけで。何にしても、命あってこそ。“1度に2万人が犠牲になった災害”ではなく、“大事な家族を失った1つの大事故が2万件”も起こっているのだ。マジ頑張らなきゃな、日本。
 鹿児島県民にとって永年の念願であった新幹線の全線開業。もしも“何も変わらなければ”それはそれはとても盛大なイベント事だったのだろう。駅ビルとも言えるアミュプラザがオープン以来最高の売り上げを記録しているのも、ちゃんと声高々に祝福出来ていただろうし。あまりJRに乗り慣れていなかった僕は出張先でそれに乗って移動している時、東野圭吾の「パラレルワールド ラブストーリー」の冒頭を思い出す程度だったのだけど、平川に引っ越して、ちょいちょい乗るようになってからJRってのが実に新鮮で楽しく、何だかアトラクション的な感じすら抱いてしまうようになった。特に深夜の最終便なんか、学生さんからサラリーマン風のくたびれた人、何やら喧嘩しているカップル、ほろ酔いでまだ大声で盛り上がっている団体、その横では完全に泥酔して寝入っているおっちゃん等など・・・・様々な人間模様が見れて面白い。(初めて最終便に乗った時は夜中だというのに想像以上に人が多くて驚いたが)そんな、電車の中の人間模様を切なく甘く描いた有川浩の『阪急電車』。えんじ色の車体にレトロな内装で人気の阪急電車の今津線、宝塚駅から西宮北口駅まで、そして折り返して再び宝塚駅までの車内でのドラマだ。ほっこり胸キュンな甘酸っぱさは正直、男性読者には若干受け入れ難い部分があるかもしれないが、次々と登場しては消える魅力的なキャラにぐいぐいと引き込まれ、あっという間に読み終わってしまう本であった。それを中谷美紀主演で映画化したのが本作である。実際に今津線で生活しているような人達には必須DVD!的な1本だろう。
 そうそう、僕は正直な話、作者の有川浩さんを今までずっと男性だと思っていて(すみません!)この『阪急電車』も「面白いのは面白いけど、なんて女性的な文を書く人なのだろう、女々しいヤツめ!」なんて思っていたほどだった。本当に恥ずかしい話であるが、名前の「浩(ヒロ)」を勝手に“ヒロシ”だと思い込んでいたことと、それまで彼女の本を『海の底』しか読んだことがなかったからなのだと思う。だって、ポール・ヴァーホーヴェンの『スターシップ・トゥルーパーズ』やスティーヴン・キング原作の『ミスト』のような、人々を食い荒らす巨大ザリガニと自衛隊の戦いを描いた『海の底』を含む初期の“自衛隊三部作”は男性作家だと思い込んでも仕方ないじゃないか。しかし「面白い!」と思いつつも他の『塩の街』と『空の中』を未だ読んでいないのは、確かあの時も「甘いラブストーリー的な要素も絡められてて、なんか女性っぽいな」と思ったからだった。女性だと知った今、その思いは俄然変ってくる。早速他の作品も読んでみよう。先日発表された2011年本屋大賞ではトップ10内に『キケン』と『ストーリー・セラー』の2作を入れ、最新刊『県庁おもてなし課』は発刊早々12万部を越えるベストセラーになっている有川浩は、その『県庁~』の印税の全額を被災地へ寄付するのだそう。これからも映画化が期待される作家。ごく普通の日常の中にこそ幸せは隠れているのだ、ということを僕らはこの映画の中で、そして現状の中で再認識する。

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