聯合艦隊司令長官 山本五十六

 タイトルのまんまではあるが、言わずと知れた、大日本帝国海軍・第26、27代連合艦隊司令長官、山本五十六の伝記映画である。きっと〈山本五十六〉という人は日本人で最も有名な軍人なのではないだろうか?なにせ太平洋戦争開戦後、第二次世界大戦初期のターニングポイントとなった真珠湾攻撃とミッドウェイ海戦の総指揮にあたった人であり、敵である太平洋艦隊司令長官のチェスター・ニミッツからも「日本で最優秀の司令官。どの海軍提督より頭1つ抜きん出ている」と言わしめたほどだから。

 『日独伊三国同盟』の是非を巡り日本国内が大きく揺れている中、それを締結させてしまえばアメリカとの戦争は避けられないことになり、そうなれば日本は滅びる、と、頑なに反戦主義を貫いてきた山本五十六。しかし何故に彼は結局、日米開戦の実質上の宣戦布告となった“真珠湾攻撃”の奇襲作戦を仕掛けたのか?それは、「避けられないのであれば、勝つためではなく、一刻も早く戦争を終わらせなければならない」という、やはり根本からの平和主義故の精神からであった。

 彼には数々の名言があることでも有名だが、とりわけ「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」というのは有名なのではないだろうか。リーダー育成セミナーやマネジメントセミナーなんかに行くと必ずと言っていいほどこの言葉は出てくるだろうし。むしろこの言葉の方が有名であり実際の彼の偉業に関しては意外と知られていないという気すらするのだが。っていうか、その武勇伝や逸話があまりにも多過ぎて「山本五十六はどういう人?」ってのがまとまりきれないのかもしれない。この映画は“戦争”という歴史的大事件を背景に、山本五十六という人物の、正に“人となり”を丁寧に描き、ブーゲンビル島で撃墜され戦死するまでの物語である(この“戦死”についても数々の説があり未だ謎に包まれているところもあるが)。で、当時、海軍と対立していた東京日報の記者たちも物語に重要な位置づけであることもポイントだ。きっと当時は今よりももっと格段に“メディア”の影響ってのは大きかったのだろう。まるでそれが世論の代弁であるかのように。それにしても、父親が56歳の時の子だったから“五十六”という名を付けられた、というのはいかがなものであろうか・・・・。

 「その時何があったのか?」僕が子供の頃はまだまだそれを実際に経験した人たちから“体験談”ってのを聞けたものであるが、日米開戦70年も経った今ではもうそれも難しいだろう。時代的には今がギリギリなのだな。そして誰もそれを実際に経験し目にしたことのある人がいなくなった時、僕たちがそれを追体験できるのは唯一“映画”という映像メディアだったりするワケで。そう考えると、こういう日本映画は凄く珍しいのではないだろうか?特攻を描いた人間ドラマはあるにしても“戦争”そのものを、特に第二次世界大戦時のこの年代の歴史映画ってのはとても少ない気がするのだ。アメリカ映画なんかでは山ほど作られているのに・・・・って考えると不思議な気がする。

 山本五十六をはじめ、“海軍良識派三羽ガラス”と云われていた海軍大臣の〈米内光政〉や海軍省軍務局長の〈井上成美〉、それに聯合艦隊作戦参謀の〈三宅義勇〉や第二航空戦隊司令官として有名な提督である〈山口多聞〉などなど・・・・実在した歴史的人物が“映像”として次々と現れるってだけで凄くワクワクするのだけど、それをまた日本を代表する豪華実力派俳優が集結して描かれているのだから凄い!映画としても極上のエンターテインメント作である本作。日本人ならば知らなければいけない・・・・っていうか今こそ“観なければいけない、事実”なのである。

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