ドラゴン・タトゥーの女

 これだけ売れるともはや知らない人はいないのではないか?というくらいに近年、売れに売れている原作のハリウッド映画化である。05年に本国スウェーデンで出版されるやいなや「読まないと職場で話題に付いて行けない」と言われる程の社会現象にまでなり、すぐに世界各国で翻訳版が出版され、12年1月の現時点で全世界6,000万部(シリーズ3部作累計)を突破しているほど。2000年以降の本としては 97年~07年J・K・ローリングの『ハリー・ポッター』シリーズ(7巻累計で4億5,000万部)、05年~の『トワイライト』シリーズ(累計で1億部突破!と謳われているが全4部ある原作を13巻に小分けしてたりするのでカウントが微妙な感じだけど・・・・)、それに03年ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』の8,000万部(単一書籍としてはダントツ)に次ぐベストセラーなのではないだろうか?(参考迄に、世界のハルキと云われる村上春樹の最大のヒット作である87年の『ノルウェイの森』が1,200万部)

 雑誌『ミレニアム』の発行責任者であるミカエルは、大物実業家ヴェンネルストレムの不正を暴く大スクープを記事にするが、逆に名誉毀損で訴えられ有罪判決を受けてしまう。ヴェンネルストレムの手回しで『ミレニアム』のスポンサーが次々と広告から撤退し出版社は経営の危機に陥るさなか、大企業グループ前会長であるヘンリック・ヴァンゲルという大物から仕事の依頼を受けることに。その依頼とは、表向きは「ヴェンゲル家の歴史本を執筆してくれ」というものでありながら、真の目的は36年前に失踪した孫娘ハリエットを一体誰が殺したのか?という事件解明であった。その報酬として莫大な謝礼金の他、ヴェンネルストレムに立ち向かえる“秘密”を提供するという・・・・。「一体誰がハリエットを殺したのか?」その舞台となるのはスウェーデン・ヘーデスタにあるヘーデビー島という小さな島だ。この島には12軒程しか家はなく、ほぼヴァンゲル一族しか住んでいない。とある夏の日、島と本土を繋ぐ唯一の橋の上で大規模な交通事故があり、その事故処理が行われる最中、島が文字通り“陸の孤島”となっているその間にハリエットは居なくなってしまうのである。古典的・・・・というか推理小説の王道とも云える“密室殺人”の巨大版だ。完全に閉ざされた孤島。更には、島全土が舞台とは言え、そこに住んでいるのはヴァンゲル一族のみ。当然、真相を追うヘンリック・ヴァンゲルは「身内の誰が愛するハリエットを殺したのか?」を疑うワケで。しかし、これだけ売れた物語ってのはそんな単純な展開では収まらない・・・・。

 ハリエットが失踪する更に20年程前から現代まで長期間に渡りスウェーデン近辺で起こっている連続猟奇殺人事件と、彼女の失踪とが交差しだした時、物語は急展開しながら加速していく。90年~92年に世界中のTVと映画界を制覇したデヴィッド・リンチの『ツインピークス』の、その世界観と被らないだろうか?山林と雪に閉ざされたワシントン州の田舎町ツインピークスで発見された「世界一美しい死体ローラ・パーマー」。一体誰が彼女を殺したのか?「町の誰かが犯人なはず」を捜査する為に送り込まれたFBI捜査官デイル・クーパーとミレニアムのミカエル・ブルムクヴィストが同一人物に思えて仕方がない。更に!“犯人探し”が着地してからも尚、物語は更なる謎を追求し終わりなく続いていくところも被る気がするのだが・・・・。

 しかしながら物語はとにかく長い。日本版では上・下巻の2冊に分かれているが1部あたり約1,000項。にも関わらず最後迄飽きさす事なく一気に読ませていくところがこの物語の魅力である。始終、登場人物の紹介・解説に終わってしまう上巻でさえ面白く読めるのだから。下巻に入りようやく主人公ミカエルと副題である“ドラゴン・タトゥーの女”=リスベット・サランデルが出会ってから物語は急加速する。この醍醐味を損なう事なく映画化を成功させるってのは凄い!これだけ長い原作というのは映画化した際にどうしても物語が端折られてしまうのは物理的・時間的にも当然であるのだけど、それを巧く映像で語ることできちんと伝えていく辺りは流石デヴィッド・フィンチャーだ。最近では『ソーシャル・ネットワーク』(10年)や『ベンジャミン・バトン』(08年)のイメージが残っているかもしれないが、往年の彼のファンからしてみたらやはりデヴィッド・フィンチャーと云えば『セブン』(95年)であり『ファイト・クラブ』(99年)だろう。そして今回の『ドラゴン・タトゥーの女』は正にその延長線にある作品なのである。

 『ミレニアム』3部作は既にスウェーデンでは09年に映画化されており、本国では特大ヒットを記録している(因みに『ミレニアム2 火と戯れる女』と『3 眠れる女と狂卓の騎士』はTVシリーズとして製作されたが『1』の大ヒットの影響で映画版として再編集されたものもリリースされている)。僕は今迄何度も書いてきた通り“読んだ原作の映画版はあまり観ないようしている”ので観ていないのだけど、こっちのハリウッド版はもう予告を観た時点から「絶対観る!」と決めていた。スウェーデン版も大ヒットしたし、原作もこれだけ売れている為か?説明が極力排除されたイメージ映像。しかし僕らはそれだけで充分この映画がどれほど凄いことになるのかを予想できたワケで。まず、ダニエル・クレイグがハマりすぎ!どう見たって本物のミカエルじゃないか!そして全編に爆音で流れる音楽。レッド・ツェッペリンの“移民の歌”(70年)を、ナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーがカバー、そして歌っているのはなんとヤー・ヤー・ヤーズのカレン・O!(因みにこの映画のサントラもデヴィッド・フィンチャー監督の前作『ソーシャル・ネットワーク』同様、NINのトレント・レズナーと、コーンなどのプロデューサーで知られるアティカス・ロスが手掛けている)カッコ良い~・・・・もう、この“予告編”だけでもずっと観ていたい。

 ジャーナリストであったスティーグ・ラーソンがパートナーのエヴァ・ガブリエルソンと共同で執筆した『ミレニアム』シリーズ。32年間も連れ添い事実上の妻だったにも関わらず何故彼はエヴァと結婚しなかったか?というと、95年に彼が創刊し編集長も兼ねていたリベラル雑誌『EXPO』がスウェーデンの極右団体と衝突し暴力的な脅迫を受けていた為、彼女に危害が及ばないようにとの配慮だったという。しかしそのお陰でスティーグの死後『ミレニアム』の著作権は彼の父親エルランドと弟ヨキアムに全て相続され、共同執筆者であるエヴァには何一つ残されなかったのである。04年に3部作の出版契約を結び05年にはその第一部『ドラゴン・タトゥーの女』がリリースされるとたちまち大ヒットベストセラーになるわけだが、スティーグは自身の成功をみることなく04年の11月に心筋梗塞で死去。世に出たのはこの3部作迄であった。しかし、実は既に5作目までの構想が出来上がっており第4部に関しては未完成ながら草稿まで存在するらしいのだ。が、それらが入っているパソコンはスティーグの私物ではなかった為、彼の父親らの手に渡る事無くエヴァが保有。そこで『ミレニアム』の著作権を所有するエルランド親子との(当然ながら)争いとなり続編の発行は先送りになっている始末で。正に物語中のミカエルさながらの事実背景も興味深い。

 「15歳の時に複数の男に強姦されている女性を目撃してしまってからそれがトラウマとなっている」、と公言していたスティーグ・ラーソンだが、この『ミレニアム』3部作も全編を通し“女性への偏見・軽蔑・暴力”が一貫したテーマとなっている(『ドラゴン・タトゥーの女』も原題は『女を憎む男』)。最初は「今時、こんな古くさいテーマはないんじゃない?・・・・」と思ったが、スウェーデンでは女性の18%が男性に脅迫され、46%が暴力をふるわれた経験を持ち、更には13%が性的パートナー以外の男性から性的暴力を受け、その92%がそのことを誰にも言えていない、という。こういう事実背景を考えると『ミレニアム』がスウェーデンで社会現象にまでなったことにも納得がいく。ドラゴン・タトゥーの女=リスベット・サランデルとは“弱い女性”の代表でありながら“強い男”に復讐をしていく究極のヒロイン像なのだろう。これから更に物語はダークになり面白さも増していくが、『火と戯れる女』『眠れる女と狂卓の騎士』の映画化も楽しみだ!そして何より、エヴァとエルランドの関係が治まり、新たな続編が無事にリリースされてくれることを願う。

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