ポテチ

 僕は生まれてこのかた“ポテトチップス”を“ポテチ”と言い放ったことは1度もないし、もっと言えば“ポテチ”と普通に言う男子には何故だか若干ムカついてしまう・・・・って言うか、今も“ポテチ”っていうのだろうか?そういえば最近聞いたことないような・・・・。彼女と2人、互いの好みで買った“コンソメ味”と“塩味”の“ポテチ”を、彼がうっかり間違って自分の方を彼女に渡してしまう。一口食べた彼女は「あ、これ、コンソメじゃないじゃん!」と怒り、彼は「ゴメン!」と慌てて取り替えようとするも「・・・・コンソメ食べたい気分だったけど、塩は塩で食べてみるといいもんだね。間違ってもらって、かえって良かったかも」という何気ない会話。読み終わってみて「あぁ、あの時の会話はコレの伏線だったのか」と改めて読み返したくなる、伊坂幸太郎・原作『ポテチ』の映画化である。

 空き巣を本業(?)とする今村は、プロ野球のスター選手である尾崎と偶然にも同じ日・同じ病院で生まれたという共通点を持つ。それ以外は全く相反する人生を送る2人が不思議な運命のような見えない絆で結ばれていき・・・・という、実に伊坂幸太郎らしい物語だ。“現実的”でありながらもファンタジックという彼の十八番である展開を、きっと彼自身が一番得意とし全開であったであろう04年~07年の時期に書かれたものである。冷静に考えれば「いや、それはないでしょ!」と突っ込みを入れたくなる展開の連続なのにも関わらず何故だかすんなりと納得でき、いつの間にか物語にすっかりハメられている爽快感。そういったファンタジーに、主人公・今村の母親と今村の彼女との女同士の友情のような温かいエピソードが物語の肝として盛り込まれている辺りがまた実に伊坂幸太郎・王道の~ってな感じなのだな。

 僕は映画も本も大好きで、もう“自身の日常に溶け込んでいる”ってなぐらいなのだけど、正直、宮部みゆきの本だけはどうにも好きになれず『火車』『理由』『ブレイブ・ストーリー』など・・・・どれも途中で読むのを止めてしまったまま本棚に並んでいる(唯一『小暮写真館』だけは読破したけど)。文学史上最高傑作とも云われているドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の分厚い3部作(上・中・下巻)ですら、“本好き”を気取るのであれば読んどかなきゃいけないだろう、という軟派な理由で読みはじめ「面白くねぇ~!全然分かんねぇ~!」と悶えながらもなんとか読破したにも関わらず、だ。何故か?『火車』『理由』は暗過ぎ。もう暗過ぎで読んでて不愉快極まりない。例えば“読んでて不愉快”ってなだけならば、川崎草志の『長い腕』とか、沼田まほかるの『彼女がその名を知らない鳥たち』、それに真梨幸子の『殺人鬼フジコの衝動』とかの方がまだ断然“不愉快”なのだけど、まだこれらの本は(表現的には全く矛盾しているが)“不愉快”ながらも爽快に読み進められる。しかし宮部みゆきの本は僕にとってただただ重たく不愉快なだけで・・・・。そして『ブレイブ・ストーリー』はワケ分からな過ぎ。どうにか“上巻”は読み終えたけど続きを読む気が全くしない。それと真逆で1番好きな著者は?と訊かれれば僕は迷い無く伊坂幸太郎だと答えるだろう。勿論全作読んでいるけど、いつだってそのどれもが僕の期待以上だし、読み終えた後の爽快感がたまらないから。この『ポテチ』は伊坂幸太郎の短編集『フィッシュストーリー』に収録されている1編を映画化したものだ。表題作『フィッシュストーリー』も既に映画化されているワケで、1冊の短編集から2本もの映画化作品を生み出したってのは改めて伊坂幸太郎って凄いなって感じだ。

 数年前に『アバター』が記録的大ヒットした時、テレビで誰かがそのヒットの要因として「こんな不景気の時代なんで、観客は同じ料金払うなら上映時間が長いものを選ぶのだ」と言っていて、僕は「そんなバカなぁ~!こいつマジ、コメントすんな!」と大いに憤ったのを覚えている。普通、上映時間で観る映画を決めるか?!と。なのだけど、たった68分の『ポテチ』の上映時間は「それ、短過ぎだろ?!」って思ってしまった僕はやっぱ矛盾しているのだろうか・・・・?それならテレビでいいんじゃね?例えば他にもう1作映画化してロバート・ロドリゲスみたいに2本立てを1本の映画にしてしまうとか・・・・?(笑)

 監督は「伊坂幸太郎作・映画化と言えば~」の、中村義洋。これまでも『ゴールデンスランバー』に『フィッシュストーリー』それに『アヒルと鴨のコインロッカー』といった仙台・宮城を舞台とした作品を世に送り出してきた伊坂・中村のコンビだが、今回は3.11の震災がきっかけで製作に至ったとういう。勿論、今回の舞台も仙台・宮城だ。しかしながら本作は“敢えて”なのかは分からないけど、その悲劇の現状を観客に突き付けるワケでもなく、かといって応援歌としての希望を高々に謳いあげているワケでもない。ただいつも通り(いつも以上にか?)エンターテインメント作に徹しているような気がする作風で正直ちょっと意外なくらいであった。きっと、これまでも東北を舞台にしてきた彼らだからこそこうなったのではないだろうか?敢えてエンタメに徹することが結局は観客に1番元気・勇気を与えることができるはず・・・・と。“1番大事なポイント”は表面上のその裏に隠されているってのが伊坂作品の定番だ・・・・そうか、きっとこの映画にも、彼らの精一杯の「頑張れ!」というメッセージが秘められているのだな。

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