ダークナイト ライジング

 いやぁ~、面白過ぎ!クリストファー・ノーランとクリスチャン・ベイルの描く「バットマン」シリーズがやたらめったら面白いってのは、もはや誰の異論もないだろうけど、それにしてもコレは面白過ぎだろ?画面が真っ暗になりテロップが流れ始めてからも僕は暫く全身鳥肌&涙目で腰が上がらなかったほどだった。

 しかしながら、7年前の『バットマン ビギンズ』(05年)の時点ではこの映画を期待している人ってのは世界中で皆無だっただろうから、そう考えるとやっぱりそれをヒットさせたクリストファー・ノーランは凄いのだな。だって、その前のティム・バートン、ジョエル・シューマカーの4作が、まぁ、良くも悪くもアレだったワケで・・・・。言うならば、ティム・バートンの描いた「バットマン」の最大の功績は何と言ってもそのコスチュームだろう。それまでグレーと黒、そして例のマークに黄色を配色した衣装が定番だったのに、彼はその全てを黒一色でデザインしたのだから。コレは「バットマン」が持つ「警察・法律で裁けない“悪”をやっつける謎の自警団」という初期設定のダークなイメージを描くには大いに成功したのでは?と思うのだ。続くクリストファー・ノーラン作は、物語・設定的にはそれを微塵も受け継いでいないのだけど、唯一このコスチュームだけは受け継いでいるのだな。ともあれ、その時点で一体誰が「バットマン」の新作を観たがっていたのだろう?と、やはり思うし、しかもその監督は“大作”とは無縁のクリストファー・ノーラン&主演も同じくそれとは無縁のクリスチャン・ベイル。併せて、全体の設定とトーン・尺等も含めて「どの客層をターゲットにしているのだ?」と、考えれば考える程よくもまぁスタジオもこの映画に大金とOKを出したよなぁ、って感じだ。が、それが後に“映画史的ターニングポイント”とまでなるなんて一体誰が予想できただろう。

 まず、こういった“アメコミもの”をこれだけの長編(3作とも大体2時間半くらい)でシリアスな人間ドラマに昇華させたという功績はとてつもなく大きいだろう。それと1作目『バットマン ビギンズ』で描いた「その前の話」という設定。そもそも、バットマンという誰もが知っているキャラの誕生秘話を描く必要があるのだろうか?っていうか「えぇ~、そこから掘り下げるぅ?!」ってな感じで大人ならば「ま、そこはいいじゃん。原作はアニメなんだし」とスルーするであろう(してきたであろう)ところに拘ってしまうクリストファー・ノーランってのはきっと物凄く面倒臭い男なんだろうなと容易に想像できる。今となっては「あ!それがあったか!」とこぞって作られた“ビギンズ映画”を挙げればキリがないほどだけど、そう、この『バットマン ビギンズ』がその原点なのだ(アメコミものに限らず、例えば『ターミネーター4』だって、この映画無しでは生まれなかっただろうし)。

 そして、その続編である『ダークナイト』(08年)は、遂にそのタイトルから「バットマン」という冠までも外し、更にダークでシリアスな物語になるのである。“正義”の名の下に戦ってきたバットマンが結局は“悪”の罪を被り“悪者”としての立場を引き受けるという・・・・暗っ!なんて救いのない物語なのだろう。しかし、この映画は今年(っていうか、ついこないだ)『アベンジャーズ』にその記録を抜けれるまで『アバター』『タイタニック』に次ぎ歴代3位の興行収入を記録していたのだから凄い。そしてこの『ダークナイト ライジング』は、前作『ダークナイト』から8年後、悪の罪を被り更に恋人を失った悲しみからも立ち直ることもなく豪邸に引き蘢っているブルース・ウェインが主人公だ・・・・そうなんだな、そもそもこのシリーズは“バットマン”ではなく“ブルース・ウェイン”の物語なのだ。約2時間半ある物語のうち、彼がバットマンスーツを着ているのはほんのわずか。あとはとことんブルースの苦悩が描かれるのだから。

 前作の“ジョーカー”に続き、今回の敵は英俳優トム・ハーディ演じる“ベイン”(僕は知らなかったけど、原作でも最強・最悪キャラとして有名なのだそう)。以前から「オンオフの切り替えが出来ないほど役に入り込んでしまう」と有名だったヒース・レジャーが“ジョーカー”の狂気に取り付かれ自殺を図ったというのは有名な話なだけに、映画史上最悪の悪役を演じた“ヒース・ジョーカー”を超える敵役はいないだろうと思っていたのだけど。この“ベイン”は正にシリーズの完結編に相応しい“極悪”ぶりである。こんなに涙が出る程の悲劇なんて見たことないし、彼の“悪”さはおそらく映画史上最悪だろう。ヒーローからやっつけられる時に観客からの同情の余地を与えない為に“悪”は徹底して悪く描かれる、という「ヒーローもの」の鉄則がある。が、クリストファー・ノーランはこのとことん極悪な“ベイン”にさり気なく「裏話」を差し込んでくるのだが、コレは観客にとってはただただ悲劇を増幅させるしかないワケで・・・・更に、これだけ「正義」とは何か?「悪」とは何か?「恐怖」とは?「生きる」とは?という苦悩と共に格闘を続けるバットマンとベインですら、実は“捨て駒”の1つでしかないという物語の壮大さ。

 そしてもう一歩この映画が凄いのが、これだけシリアスでダークな“人間ドラマ”を描きつつも、原作では1番漫画っぽかった「キャットウーマン」を物語の核に、更には「ロビン」まで登場させているところ!これまでの実写映画でもこの2人が足引っ張ってたのに、それでもやっぱこの2人を登場させる?!って感じだ。「キャットウーマン」は極力まで“らしさ”を排除したシンプルなコスチュームで漫画っぽさを皆無にすることに成功。でも演じるアン・ハサウェイが“らしさ”を出しているのだから凄い!っていうか、もう「キャットウーマン」という名前ですらないのだけど観客にはそれを想像させる演出力!更に「ロビン」に至っては・・・・。そして、このシリーズの魅力の1つである、思わず笑ってしまうくらいカッコ良くもバカバカしいマシン(乗り物や武器など)も健在!どころか更にバカバカしさが増していて(勿論、良い意味で)、登場人物の1人がバットマンの乗る飛行マシーン“バット”を見て「アレって本物ですかね・・・?」ってつぶやくシーンには笑ったが、確かにオレもあんなのを目の当たりにしたら思わず同じセリフを言うだろうなと思ったり(笑)。

 「どうすればあなたみたいな人を育てられるのですか?」という問いに「誰でもコスチュームを着れば私みたいになれる。恐怖に怯えている少年の肩に上着をかけてやり『大丈夫、世界が終わるわけじゃない』と言ってやればいい」という自身の生い立ちを話すウェインに、僕はなんだか色んな意味で不覚に涙が出てしまった。究極の“大人のファンタジー”映画。絶対に劇場の大画面で見るべき!

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