ゼロ・ダーク・サーティ

 本作の紹介にあたり、世間では何かと“あの『ハート・ロッカー』のキャスリン・ビグロー監督最新作!”と謳われているけど、どうなのだろう?あの映画ってそんなに名作だったか?!イラクを舞台にアメリカの爆弾処理班の兵士を描いた『ハート~』は第82回のアカデミー賞で作品賞に監督賞・脚本賞など主要6部門を独占した上、それが史上初となる女性監督の受賞だったのだから、まぁ、話題性としては抜群だったろうし、その監督の4年ぶりの次作となる宣伝文句としては正解なのだろう。でもその前に『ハート~』はぶっちゃけそんなに歴史を覆すほどの大傑作ではなかったよな?と多くの人が思っているんじゃないだろうか。同年の対抗馬(ノミネート作)が『第9地区』(斬新ではあったけどアカデミーは絶対ない)と『シリアスマン』(コーエン兄弟、路線変更し過ぎ)それに『イングロリアス・バスターズ』(タランティーノ最新作で期待が大きすぎたワリに全然面白くない)というラインナップだったから消去法でコレなのか?とも思ったのだけど、いやいや、やっぱ『アバター』でしょ?!何と言っても“映画史上歴代1位”を記録したのだから!アカデミー賞は興行成績とは無関係だということを考慮したとしても、この映画が『アバター』を抑えて受賞するほどの名作だったとは納得し難い。キューブリックの『フルメタル・ジャケット』(87年)やリドリー・スコットの『ブラックホーク・ダウン』(01年)と同じような、物語・映像の“乾いた感じ”とか“喪失感”とかが個人的には好きではあったけれど、それと比べても『フルメタル~』が圧倒的だろうし。前にも書いたけど、僕にはどうもジェイムズ・キャメロンが「ワシはもういいから・・・・ほれ、ワシの元嫁を・・・・あやつをこの辺でどうにかしてやれんかの?世界公開はまだこれからじゃろ?本国アメリカではまぁそこそこだったとしても、アレじゃあ他国じゃ売れんじゃろ?・・・・でも、“アカデミー受賞作”という肩書きは何かとこう“お金”になるからのう・・・・」と、アカデミー賞最高責任者(そんな人がいるのかどうかも知らないけど)に食事の場で相談したとしか思えない。なにしろそれまでの映画史上歴代1位の興行成績を誇っていた『タイタニック』のキャメロンが、自身のそれを超えた『アバター』をバックボーンに言うのだから業界の人は誰も文句は言えないだろう。芸術性とか信念とか、それが何だ?結局は“稼いだヤツ”が1番強いのだ。

 実を言うと、キャスリン・ビグローがジェイムズ・キャメロンの元嫁だったってことを、もっと言えば女性だってことを僕は『ハート・ロッカー』がアカデミーにノミネートされるまで知らなかった。そうか“キャスリン”という名前を考えればすぐに分かるのだろうけど、それまでこの監督の“男気あふれる映画”が大好きだっただけに、だからこそこの監督のことをハリウッドで1~2位を争う“男らしい”監督だと勝手に思い込んでいたのだ。あぁ、恥ずかしい・・・・とても“映画好き”の飲み仲間の間では言えないな・・・・。それにしても先述した『ハート・ロッカー』、彼女の監督作ではまだキアヌ・リーヴスとパトリック・スウェイジの『ハートブルー』(91年)やレイフ・ファインズの『ストレンジ・デイズ』(95年)それに、ハリソン・フォードとリーアム・ニーソンの『K-19』(02年)とかの方がずっと面白かったと思うのだけど。

 『ゼロ・ダーク・サーティ』は、911全米同時多発テロを起こしたテロ組織アルカイダの首謀者であるオサマ・ビン・ラディンを、CIAが追跡し暗殺するまでを描いた社会派ドラマだ。元々は、追い詰めたビンラディンをギリギリのところで逃がしてしまった01年「トラボラ渓谷作戦」の失敗を描いた映画を制作中に、ビンラディン殺害の報道を受け急遽内容を変更したという。これだけのネット社会になり、知りたい情報は何でも簡単に入手できる時代なのにも関わらず、ビンラディン捕獲(暗殺)の情報は意外に地味だったように思う。っていうか、その前後も含めあまりにも情報が少なかったような・・・・。そんな歴史的事件をドキュメンタリーで描くという試み、「その時何があったか?」が初めて明かされる“実話もの”という点が、まずこの映画の凄さだろう。82回アカデミー賞で脚本賞(やはり『ハート・ロッカー』で)を受賞した元従軍記者マーク・ボールが今回も脚本を担当。関係者に直接取材を行い集めた膨大な資料を元に組み立てていったという物語は我々が知らなかった情報が満載!何より、ビンラディンを追い詰めたのが1人の20代女性捜査官だったという事実に驚きだ。居場所どころかその存在自体も確かでない人物を探っていく気の遠くなるような作業・・・・そしてようやく「大物」と繋がっている人物を特定するも、その「大物」がビンラディンであるという証拠は何一つなくやっぱり捜査は進まない。そういう時も現実には「よし、ジャック・リーチャーを呼べ」とはならないワケで・・・・。物語の終盤、エリア51から“公には存在しないはず”のステルスヘリがビンラディンが居ると思われる建物に向かって飛び立っていく瞬間は「おぉ!」と鳥肌が立つも、その後の展開がなんとも・・・・ネタバレになるので書けないが「えぇ?!マジ?」の連続。要領悪っ!段取り悪っ!こっそり作戦を遂行しているつもりなんだろうけど音デカすぎ!ほら、人いっぱい集まってきたし・・・・終いには建物内で「オサムゥ!オサムゥ!」って、呼んで返事するワケないじゃん!しかも「オサム!」って・・・・。なんだかドリフのコントを見ているような感じではあったけど、まぁ、アクション映画を見慣れている分、逆に現実ではこんな感じなんだろうな・・・と妙にリアル感があったり。

 事実を忠実に描いた物語をただのドキュメンタリーで終わらせず、一級のエンターテインメント作に昇華させているとことろは凄い。でもまぁ、正直僕にはどうにも分からなかった。あれだけの非道な大量殺人を行ったテロ組織に対し「彼らの方にも言い分がある」だとか「彼らだって“人”であり家族もいるのに」といったことを思えるほど僕は道徳観を養われてはいないので(むしろ「早くあの国も攻撃してくれ!理由をこじつけるの得意だろ?っていうか理由なら幾らでもあるだろうに・・・・」と思っているほど)アメリカの有無を言わさない一方的なやり方に特別な感情は抱かないのだけど、やっぱり“未確認なものへ攻撃し間違ってたらこっそり引き上げてくればいい”ってな感じはどうにも否めない。ラストにしても、ホントにそれでいいのか?なんか解決したのか?っていうか、それ間違いないよね?っていう疑心暗鬼に陥ってしまったほど。これだけの事実を公表しなかったアメリカの意図は何なのか?事実を基に~って、何処情報の“事実”?そう考えると何処に“真実”があるのか?すら分からなくなってきて・・・・。考えれば考える程分からなくなってきて、結局いくら考えたところで“真実”は見えてはこないだろうから、僕は家に帰り着くまでに考えるのを止めることにした。

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