世界にひとつのプレイブック

 いやぁ~、本当にイカれた映画だった。しかも登場人物全員がイカれているものだから観ているうちにこっちが麻痺してきてその“クレイジーさ”が普通に思えてくるほどの圧倒的なイカれ具合。でも、何故だか泣けて泣けて仕方がないという・・・・。確かにこの映画は大いに笑えるし恋愛も軸に描かれている。のだけど、決して「ラブ・コメディ」というジャンルではない。あぁ、そう思うと途端に、どっかの誰かが「ラブ・コメ」のジャンルに括ってしまわないか?が心配になってきた。じゃ、ジャンル的には何?って訊かれても難しいのだけど・・・・そう、そういうジャンル分けの難しい映画だと思う。強いて言えば「デヴィッド・O・ラッセルらしい映画」だと言えば“映画好き”にはなんとなく分かって貰えるだろうか。ジョージ・クルーニーやマーク・ウォールバーグ、アイス・キューブらが出演して大きな話題となり監督(デヴィッド~)を一躍有名にした『スリー・キングス』(99年)にしても、フセインが隠した黄金の場所を示す謎の地図を入手したアメリカ兵が帰還命令が出た後も砂漠に残り宝探しをする、という単なる「戦争映画」では括れない物語だったし、04年の『ハッカビーズ』に至ってはジュード・ロウにダスティン・ホフマン、ナオミ・ワッツ、マーク・ウォールバーグら大物が共演してたにも関わらず、そのあまりの酷評に躊躇して僕は未だ観ていない・・・・が!大傑作だった前作『ザ・ファイター』(10年)!マーク・ウォールバーグとクリスチャン・ベイルが凄かったのは言うまでもなく、人間の“陰”の部分を描きつつも、極端にイカれた人物ばかりが登場するためにそれがユーモアとなって笑いを生む・・・・のだけど、全体的にはいたって「シリアスドラマ」という、ピントが合っていないのだけどちゃんと1本の映画に成り立っているジャンル不詳映画。この『世界にひとつのプレイブック』は正にそんなデヴィッド・O・ラッセル映画の1つの到達点と言えるかもしれない。

 ある日、予想外に早目に帰宅したパットは自宅のシャワールームで妻の浮気現場を目撃。しかも相手の男から「失せろ」と言われカッとなったパットは男をボコボコに・・・・で、精神病院に入院していたのだけど、物語は彼が病院から退院するところから始まる。もうこの時点で映画のイカれ具合が振り切っているから面白い(笑)。そこでまず関門となるのが“精神病院から退院したばかり”という人物に寄せられる(身内を含めた)世間からの「目」。例えば、パットが毎日の日課にしているランニングの際に発汗作用を目的として黒のビニール袋をかぶるのだけど、たったそれだけのことですら周りには彼が正気なのか?不安にさせてしまうところなんか最高に笑えてしまうのだ。父親(演じるロバート・デ・ニーロがまたカッコ良い~!)は毎回毎回「なんでゴミ袋かぶってるんだ?」って聞いてるし(笑)で、そのうち見慣れてきて聞かなくなるところも秀逸!(笑)何と言っても、この映画の凄いところは“笑い”の角度が全てこの種であること。現実の日常ではあまり笑えないというか・・・・“人”としてココで笑って良いのだろうか?と一瞬気を使ってしまうというか・・・・かと言ってブラックユーモアともまた全然違う。ちょっとズレた人を笑ってはいるのだけど、決して小馬鹿にしている気持ちなんかは微塵もなく、むしろ自分の何処かの部分とも置き換えられて愛おしくも感じてしまうような・・・・更には「躊躇して笑えない人こそ偏見持ってない?」っていうような、そういった実に奥深く温かい“笑い”なのだな。退院後も、度々問題を起こしながら「今の落ち着きを取り戻した僕を見てほしい」と妻との復縁を一途に願うパット(しかも接近禁止命令まで出てるのに!)彼の言動は“歯に衣着せぬ”を通り越し「病気だから・・・・?」と思わせるほどストレート過ぎて思い切り笑わせてくれるのだけど、同時に物凄く考えさせられもする。だって、それは全てが「その通り!」なのだから。そんな彼の更に上をいくティファニーという旦那を事故で亡くしたクレイジーな未亡人が登場してから物語はガツン!と方向性を定め、そっからはもう“泣き笑い”の1時間である。親父役のデ・ニーロが渋い!流石!ティファニー演じるジェニファー・ローレンスの登場シーンが毎回いちいちキュート過ぎ!そして魅力的過ぎ!で、何よりパット(ブラッドリー・クーパー)の純粋さがたまらない!&目が綺麗過ぎ!こんなに笑って泣けた映画ってのは実に久しぶりだったように思う。

 この感想は僕だけの個人的意見ではないようだ。今年のアカデミー賞ではなんと、作品賞、監督賞、脚本賞、編集賞、更には主演男優、主演女優、助演男優、助演女優と、全ての主要部門にノミネートされるという高評価だったのだから!コレはアカデミー史上31年ぶりの快挙なのだとか。ま、実際に受賞したのは主演女優賞のジェニファー・ローレンスだけだったけれど、この受賞だけでも充分に快挙だと言えるのではないだろうか。彼女は一昨年、ほぼ無名のキャリアからの初主演作となったインディー映画『ウィンターズ・ボーン』(10年)でいきなりのアカデミー主演女優賞にノミネート!その際は惜しくも受賞を逃すものの対抗馬が『ブラック・スワン』のナタリー・ポートマンだったのだから仕方がない(っていうか、この年はナタリーの存在が圧倒的過ぎてジェニファーが話題にすら上がらなかったのがむしろ不運だったのだ)。そして『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』(11年)のミスティークを経て、主演のカットニス役を演じた前作『ハンガー・ゲーム』(12年)が女性が主人公のアクション映画としては史上最高の興行成績(約630億円!)を記録し一躍ドル箱スターの仲間入りを果たしたかと思いきや、続く本作『世界にひとつの~』で22歳の彼女は史上最年少となるアカデミー主演女優賞として2度目のノミネート!を、更に受賞まで果たしてしまうのだからもうコレ以上の「ブレイク間違いなし!」の裏付けはないだろう。これからは“ジェニファー”と言えば“ロペス”でも“ラヴ・ヒューイット”でも“コネリー”でも、勿論“アニストン”でもなく“ローレンス”になることは間違い無い。

 精神病院を退院したばかりのパットと、更にその上をいくティファニーの2人を軸に描いた物語なのだけど、思えばこの2人が1番“まとも”だったような気がする。そこの“境目”は、その“基準”は何なのだろうか?因みに、本作にはこの手の物語に定番的な「成長」はない。登場人物全員、映画が始まった時から終わりまでずっと変わらず同じだ。なのだけどコレだけのカタルシス!変わったのは僕達“観客”の方なのではないだろうか。だからこそこんなに泣けて泣けて仕方ないのだなぁ・・・・。

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