リンカーン

 タイトルのまんま、言わずと知れた第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンの伝記映画である。僕はどんなジャンルでも好き嫌いなく観るのだけど強いて言えば「伝記映画」っていうのがちょっと苦手かもしれない。だって、大概の「伝記映画」ってのが長くて退屈なものだから。大体、いくら「事実は小説より奇なり」とは言っても所詮1人の人間の生き様とか人生を幼少時代から死ぬまでずっと追いかけたところで、試行錯誤を凝らした“架空の物語=映画”を散々観てきた僕にとってはたかが知れているし大した物語ではない。ましてや、誰かが幸運を掴んで成功していく“実話”なんて面白くも何ともないし。この『リンカーン』も伝記映画のお約束通り2時間半もある長尺で、しかも「アメリカで最も愛されている大統領」だとか「最も偉人だと謳われてるヒーロー」だとか、そんな誰もが知っているあの“リンカーン大統領”の伝記映画!・・・・つまらなそぉ~。今年のアカデミーで最多12部門でノミネート!とか聞いても「ま、スピルバーグが描くリンカーンの伝記なのだから酷評はし辛いでしょ、特にアメリカ人は」と斜に構えていたのだけど・・・・いやぁ~、ホントに面白かった。リンカーンを演じたダニエル・デイ=ルイスの主演男優賞と美術賞に関しては圧倒的だったろうからアカデミー受賞は当然として、監督賞も絶対に『ライフ・オブ・パイ』のアン・リーじゃなくてスピルバーグでしょ!助演男優賞だってトミー・リー・ジョーンズだろうし、衣装デザイン賞は勿論、編集賞、脚色賞、撮影賞だってこの映画が獲るべきじゃないか?と、今となっては思うほど。

 先述したように、この映画は2時間半もある「伝記映画」にも関わらず、奴隷制廃止の為の憲法修正から(未だに謎に包まれた)暗殺されるまでのたった4ヶ月間に焦点を当てて描かれているってのが勝因というか、流石はスピルバーグ!というところだと思う。母親をヴァンパイアに殺され、その復讐を誓うも、ヴァンパイアの食料となる黒人奴隷で冨を得ている政治家たちの「裏社会」を知り、個人の力では太刀打ちできないと自ら政治家の道を歩み大統領にまで上り詰めた「ヴァンパイア・ハンター=リンカーン」を描いた『リンカーン・秘密の書』の、その後の話ってことになる(笑)。伝記映画を作るにはコレ以上の題材は無いというくらいネタの宝庫であろうリンカーンを描くのに、歴史的大事件である「南北戦争」すら掘り下げず奴隷制廃止の採決にポイントを絞り、更にはリンカーンを偉人としてのヒーローに祭り上げることもせずに一人の「夫」として「父親」としての“人間”を描いている点が凄い。しかも、奴隷制廃止の採決の結果にしたってリンカーンが暗殺される結末にしたってその“結果”を誰もが知っているのに、これだけ緊張感を保ちながら(2時間半も)魅せ続けるとは!“歴史”のド真ん中に居ながらも、意図してなのか?まるで蚊帳の外に居るかの如く敢えて冷静な人物として描かれた(でも家族のことになると冷静さを失うような実に人間味のある)リンカーン。それと対照的に、奴隷制廃止を訴えた共和党議員タデウス・スティーヴンスを演じるトミー・リー・ジョーンズの感情に身を任せた熱い男がまた最高に魅力的で個人的には1番心を打たれた。で、更なる見どころは何と言ってもこの「映像美」!1コマ1コマがまるで1枚の絵画のように美しく、とにかく素晴らしい!そしてそれと対極に描かれた戦争シーンの彩度を極力落としたコントラストがまた実にスピルバーグらしくて・・・・逆に言えば、これだけ金のかかった映像を撮れるのはハリウッドでも何人かしかいない“巨匠”ならではだろう。コレはもう絶対に劇場の大画面で観るべき!それにしてもダニエル・デイ=ルイスがエイブラハム・リンカーンにそっくり!僕らが見慣れたあの写真象と瓜二つなのに驚いた。

 『激突』(71年)でデビューして『ジョーズ』(75年)『未知との遭遇』(77年)『レイダース』(81年)に『E.T.』(82年)といった“コレぞハリウッド娯楽超大作!”な映画を量産し、若くして一気に“巨匠”となったスティーブン・スピルバーグ。が、85年の『カラーパープル』から“社会派”と言われる映画も撮り始め、挙句『アミスタッド』(97年)という残念な作品にまで行き付き「当たり外れ」の振り幅も大きい監督となってしまったワケだがしかし!『ジュラシック・パーク』と『シンドラーのリスト』という両極端でありながらも各々のジャンルで“大傑作!”とされる2本の映画を並行して同時に手掛けたことでいよいよその地位は映画界の最高位とも言える存在に。そのスピルバーグの最新作であり、彼が10年以上の歳月を費やして完成させたこの『リンカーン』は、娯楽作と社会派を融合した最高傑作『プライベート・ライアン』(98年)をも凌ぐ作品だ!と言えば大袈裟だろうか?・・・・ま、確かにそこまでは大袈裟だろうけど、映画史に残るであろう傑作であることには間違いない。改めて今、南北戦争・奴隷制廃止の歴史を経て黒人の大統領が存在する現代に於いて、この映画が誕生した必然性を感じたりもする。

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