それでも夜は明ける

 我が家ではつい先日まで、家族の誰かに無理難題を頼み、頼まれた方はそれを「承知しました」と、どんな事でも引き受けないといけないという実にバカバカしいルール(遊び)が流行っていた。先日、小5の長男から「僕はココ(ソファ)でテレビを見ながらいつの間にか寝るから、寝たら2階のベッドに運びなさい」と言われ、流石に「調子に乗るな!」と大惨事となり家族のブームは去ったのだけど・・・・。何故に今頃?!と思うかもしれないが“Hulu”で最近「家政婦のミタ」をやっていて、リアルタイムで観ていない我が家はこのタイミングで夢中になってしまったのだ。だけど、一緒に観ていない僕はそのルールにただただ腹が立ってしょうがなく、そのうち僕がキレてお終いになるのは時間の問題だったワケで。「人を殺しなさい」とか「自殺しなさい」とか命じても「承知しました」と本当にそれを実行しようとする家政婦のドラマ?・・・・「それって倫理的にアリなのか?」って感じだけど。

 舞台は1841年、奴隷制度廃止以前のアメリカ。黒人であるソロモン・ノーサップは“自由証明書”を持ち白人と一緒に裕福な生活を送っていたのだがある日、ペテン師白人に巧妙に騙され拉致された上に“奴隷”として売られてしまう。彼はそれから12年間もの間、奴隷生活を強いられることに・・・・というのが粗筋。酔っ払った“ご主人様”に夜中に叩き起こされて「踊れ!」と命じられればすぐにダンスタイム!なんてのはまだ全然良い方で、ちょっとでも“ご主人様”の機嫌に触れればムチ打ちの刑。時にはそれが死に至ったとしても、それはそれで仕方のないことで誰にも文句は言えず、どこにも訴えることすらできない。自分や家族がいつ殺されても文句すら言えない生活なんて想像出来るだろうか?白人である“ご主人様”の所有物として扱われ、命令されたことはどんな理不尽なことでも「承知しました」と絶対服従だという・・・・先述した「家政婦のミタ」をリアルに強いられる世界。実在した人物である“ソロモン・ノーサップ”の自伝を映画化した本作は、すなわち実話なのである。“奴隷”という人々がいかに酷い扱いを受けてきたか?という歴史を躊躇なく描く様は衝撃的過ぎで、こんなに心揺さぶられる映画はなかなか無いと思う(自分の子供が“家畜”として売られるシーンなんてとても直視できるものではない)。中でも特筆すべきは、やっぱり主人公ソロモンが木に首吊りされるシーンだろう。その背景には、仕事をしたり子供たちと遊んだりと、いつもと変わらない日常を過ごす奴隷たちの姿・・・・このシーンが全てを凝縮していると思うのだ。死に繋がる肉体的虐待ですら彼らにとっては日常的なのだということ。そして、それに関わる(助けようとしたりする)と自分もその横に吊るされるかもしれない、という危機感は周りの人間に対しても強烈な精神的虐待なのだろう。加えて、泥沼に爪先立ちで何時間も耐えるソロモンの姿は「それでも絶対に生きてやる。いつか家族の元に帰るのだ!」という彼の信念の強さを表し、彼の境遇の全てが明確に描かれているシーンだと思う。そう、本作のポイントは何があっても諦めず生還した主人公ソロモンのポジティブさにあり、と同時に、あくまで彼のパターンはごく少数派で、その他大勢の人々は報われないまま一生を遂げているという無念な現実にあると思うのだ。アキ・カウリスマキの映画の中で「それでも人生は前にしか進まない」という大好きなセリフがあるのだけど、この邦題『それでも夜は明ける』というのは、それと同様ポジティブでありながらもその背景にネガティブさを感じさせるニュアンスがあって個人的にはかなりツボであった。

 正直、地味な映画(物語的には致し方無いが・・・・)ではあるのだけど、キャストがなかなか凄い!まず、主人公ソロモンを演じたキウェテル・イジョフォー!これほど説得力のある演技ってのはなかなか見れないだろう。そして、良心的な雇い主フォードを演じるのが、ベネディクト・カンバーバッチ!更にその後の物語の要となる“酷い雇い主”エドウィンにマイケル・ファスベンダー!ただただ酷い人間なのではなく、微妙に“人間の弱さ”ってのも垣間見せる辺りが絶妙で流石だ。あと、ブラッド・ピット!そもそも本作は彼が経営する「PLAN B」が製作しているだけあって、一番良い役を持っていってるってのが何だか微笑ましい(笑)。

 奴隷制度を描いた作品として、『シンドラーのリスト』(93年)を代表する“ホロコースト”映画は沢山あるけれど、本作のような“黒人奴隷”をテーマにした映画ってのは、意外にあんまり無いような気がする。パッと思い浮かぶのは『アミスタッド』(97年)くらいか?・・・・にしてもアレもちょっとテーマが違うような気がするし(っていうか、両方ともスピルバーグの映画!)。ま、僕が知らないだけかもしれないけど。本年度の「アカデミー最優秀作品賞」を受賞した本作は、黒人監督初なのだそうだ。現代に於いて「黒人初の~」とかいうこと自体がナンセンスな気もするけど、実際にそうなのだってことにまた驚く。オバマ大統領誕生の成果はこんなところにも出ているのだろうか?しかし、今までのハリウッド映画業界ってのは本当に白人至上主義だったのだなぁ・・・・(そんな業界で名を馳せてきたエディ・マーフィーやモーガン・フリーマン、サミュエル・L・ジャクソンとかウィル・スミスにデンゼル・ワシントンなんかってのは、桁違いに凄い人たちだったのだと改めて実感)。監督はスティーヴ・マックィーン・・・・僕らの世代では『荒野の七人』(60年)や『大脱走』(63年)『華麗なる賭け』(68年)などなどの、言わずと知れた60年代を代表するハリウッドスターのあの人なのだけど、最近では彼のことを指すのだろう。これだけ躊躇なく黒人奴隷の壮絶さを描けたのは、同じ黒人であるからだろうか?それにしてもこの映像美が凄い!こんなに綺麗な映像でこれほど酷く重たい物語を語るなんてまるでテレンス・マリックの映画のよう。特にテレンス・マリックらしいのが“お葬式”のシーンだ。色んな事を深読みさせる“間”がたまらなく良いのだなぁ・・・・あと、彼らが日常的に歌う音楽が素晴らしい!何なのだろう?黒人の歌うハーモニーってのは本当に「魂」を感じさせる。特にこういう状況に於いては尚更。「音楽」は世界は救えないけれど「個人」は救えているのだと確信させる。是非とも観て欲しい。

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