インターステラー

 環境の変化により地球上が食糧不足となった未来。地球の代わりに住める惑星を探して未知の銀河系へと探索に出る宇宙船クルーを描く。人類の未来を救うため家族を犠牲にせざるを得ない主人公クーパーは、行ってほしくないと駄々をこねる娘に「必ず帰ってくる」と伝え宇宙へと出発するが・・・・。本作の予告編だけを観て「最後は、地球は助かるけどお父さんは死んでしまう映画でしょ?」と小学校2年生の息子でも言うくらい、確かにベタな予想のできる映画である。やたらめったら面白かった「バットマン三部作」を終えたクリストファー・ノーランの最新作で「バットマン」最終編『ダークナイト ライジング』(12年)以来、初の監督作となるのだけど、『メメント』(00年)や『フォロウィング』(98年)のような初期の“小規模秀作”が大好きだった僕にとっては「超大作が続いたからきっと次作は初期のテイストで作ってくれるに違いない」と期待してただけに残念な思いだったのも正直なとこ。「なんだ、結局この人もエンターテインメント超大作専門の監督になってしまうのか・・・・」と。予告編や前情報だけでは、確かに僕も次男が言うように『アルマゲドン』(98年)のような映画なのだろうと思っていたから。クリストファー・ノーラン監督の最新作『インターステラー』は勿論そんなベタな映画であるワケがない。

 太陽系には該当する惑星が無いと判断した人類は別の銀河系に行こうとするのだが、それには相当な時間を要するし・・・・と、そんな時に誰か(何か)が人工的に作ったと思われるワームホールを発見!それを通れば別の銀河系にワープできるのだ!しかしその先にはブラックホールがあり・・・・という、こんなベタで漫画チックな設定は『アルマゲドン』以上でしょ?と思いきや、コレがまたそうじゃないのだなぁ・・・・。登場人物の会話には相対性理論に軸を置いた哲学的な要素が色濃く「4次元・5次元のおける重力の計算」や「アインシュタイン方程式の解決策」「相対論的宇宙論」といった理屈に裏付けされているのだけど、それら全てが適当な作り話ではなくキップ・ソーンという理論物理学者が監修しちゃんと考えられたものなのだそう。ココが他のSF映画と明らかに一線を画す点であり、これだけ非常識な設定にも関わらず一切漫画チックになることなく映画全体をリアルで重厚なドラマとして成功させている要因だろう。しかし、この定義を観客に理解させようとはしていないので決して難解な映画になることなく、あくまでエンターテインメント娯楽作として観れるから凄い。

 重力と相対性理論の法則によりそこでの時間の進み方が地球上と大きく異なってくるという、まずコレが物語に於ける本作の大きなポイントだ。人類を救うという宇宙でのミッションを描きつつも、物語の軸にあるのは「主人公クーパー(お父さん)と娘」で、この親子のドラマに泣けるのだなぁ・・・・。ワームホールを通過して到着した惑星上での10分間は地球上の7年間に相当するため、わずか30〜40分のミッションから宇宙船内に戻ると地球に居る家族から沢山のビデオレターが届いていて、そこにはどんどん成長していく子供たちの姿と孫の映像が・・・・それを見るクーパーの、感動と同時にそれらの時間を共有できなかった無念さが入り混じった涙が痛いほど分かり、泣けて泣けて仕方がない。自分を見捨てて旅立った父親を許せない娘。なのだけどやっぱりお父さんが大好きで・・・・そして、別れた父親と同じ歳になる誕生日を迎え・・・・。世間の親と同様、躊躇無く自分の命と代えられるくらい娘を溺愛している僕が、その娘(4歳)から言われてガツン!ときたセリフ第三位「とーと(お父さん)、早く仕事に行って」第二位「お母さん、とーと(お父さん)を外に出して」、そして第一位は「とーと(お父さん)なんか要らない」。映画を観ながら、色んな意味で泣けて泣けてしょうがなかった。

 2時間49分という長尺にも関わらず一秒たりとも飽きさせない・・・・と言いたいのだけど、流石に「長っ!」感は否めない(笑)。ま、でも「バットマン三部作」ですら平均2時間半の長尺だったし、そもそも“長尺の映画”が作れるのは“巨匠監督”の特権なのであるからそれも含めて満喫すればいいのだな(劇場で一日に何回上映できるか?という、いわゆる「回転率」を考慮して通常はスタジオ側から90分程度の編集を要求されるのだけど“巨匠”だけはワガママが通るのだそう。それが結果的に良いか悪いかは別として・・・・)。それでも、ラスト1時間の怒涛の展開は凄い!冒頭の20〜30分は時代設定が過去なのか未来なのか?それとも現代なのかすら分からず困惑するが、なるほど、それが画面のトーンや背景、登場人物の格好だったりのせいなのだと気付く。全てが80年代テイストなのだ。1970年生まれのクリストファー・ノーランにしてみれば80年代の映画は一番影響され思い入れが強いはずなので、きっと当時の映画に対してのリスペクトなのだろう。同世代(72年生まれ)の僕にはそれがよく分かる(笑)。そう言えば主演のマショー・マコノヒーはじめ、アン・ハサウェイやマイケル・ケインにジョン・リスゴーと、登場人物はみんな80年代顔だ(アン・ハサウェイに関しては80年代どころか60年代顔か?)。唯一今風なマット・デイモンに違和感を覚えるほど。

 地球上での映像が80年代チックなのに対し、最新技術を駆使した宇宙空間の映像とのギャップがまた凄い!多分、地球上のシーンをフィルムで、宇宙空間をデジタルで撮影しているのではないかと思う。多分。上映時間のその大半が「宇宙空間」という映像は本当に物凄いのだけど、残念ながら『ゼロ・グラビティ』(13年)の後ではどうにも仕方がない・・・・。が、一番の見所はそれを更に上回る「三次元を超える空間」の映像!まるでスピルバーグとキューブリックの映画を足して2で割ったような1本。全ての映画ファン必見である。

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