アメリカン・スナイパー

 03年から4回に渡りイラクへ派遣され、アメリカ軍史上最も敵を射殺した狙撃手(米軍司令部ペンタゴン公式で160人。非公式255人)として幾つもの叙勲を得て讃えられたが、その一方でイラク軍およびアルカイダ系武装勢力からは「ラマディの悪魔」と呼ばれ、その首に懸賞金が懸けられていたという伝説のスナイパー“クリス・カイル”。本作は、実在するネイビー・シールズのスナイパー“クリス・カイル”の自伝「ネイビー・シールズ 最強の狙撃手」の映画化作だ。

 原作ではネイビーシールズの理不尽なまでの訓練(シゴキ?)が暴露され強烈に描かれているそうだけど、映画では82年の『愛と青春の旅だち』な感じ。前半部は失恋を経験したクリスが本当の愛に出会って家族を築き・・・・という正に『愛と青春の~』なノリで、それはそれでまたテンポがよく心地イイのだ。が!あるシーンからいきなり事態は豹変する。まるで、ボケ~っと映画を観ていたら突然思い切りビンタされたような。帰還兵の実に95%が離婚しているというにも関わらず、愛する妻からは徹底して愛され二人の子供にも恵まれるのだが、戦地に行く回数を重ねるに連れ幸せな家庭よりも戦場での方がイキイキしてくる・・・・というか、戦場にこそ自分の存在を見出してしまう過程が見ていて辛く切ない。除隊後は民間軍事会社「クラフト・インターナショナル」を立ち上げ活躍するも、心は戦場に置いてきたかのようなクリス。軍医に「(大勢の人間を殺してきたことに)後悔はありません。あるとすれば救えなかった仲間がいたこと。出来ればまた戦場に戻って仲間を救いたい」という彼にドクターは「ココ(病院)にも救いを求めている兵士が大勢います」と助言。その一言で彼はPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ帰還兵の為のNPO団体「FITCO Cares Foundation」を設立し、帰還兵の社会復帰に貢献していくことに。が、2013年2月2日にPTSDを患う元海兵隊員エディー・レイ・ルース(当時25歳)に射殺されるのだ。ずっと戦ってきたイラク軍やアルカイダ系ではなく、同じアメリカ兵に殺されるという悲劇。しかも、ルース容疑者の父親はクリス・カイルの遺族に対する謝罪と同時に、息子が戦争によって精神を病み帰国後別人のようになったことで家族の生活が崩壊していることや、本人も死刑を望んでいるという旨を公の場で明かしていて、それがまた“戦争の後遺症”という波紋を呼ぶ。因みに、ルース容疑者の裁判は今月(2月)始まる予定なのだそう。

 監督はクリント・イーストウッド。今でも「アメリカ産西部劇と云えば?」で真っ先に出てくるであろう60年代のテレビドラマ『ローハイド』と、「マカロニ・ウエスタン(イタリア産西部劇)」の代表格であるセルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』(64年)『夕陽のガンマン』(65年)『続・夕陽のガンマン』(66年)の叙事詩三部作の影響か?「クリント・イーストウッドと云えば西部劇」というイメージが未だ根付いているように思うけど、実際には71年からの『ダーティハリー』シリーズや79年の『アルカトラズからの脱出』辺りが有名なのではないだろうか。で、80年代はその鳴りを潜めつつも、92年にアカデミー作品賞を受賞し「映画史上最後の西部劇」と云われた『許されざる者』で監督としても頭角を現すことに。その後も、ケヴィン・コスナーの最高傑作と云われる『パーフェクト・ワールド』(93年)や95年の『マディソン郡の橋』とヒット作を連発。僕個人的には、97年にジョン・キューザック、ケヴィン・スペイシー、ジュード・ロウが共演した『真夜中のサバナ』で「イーストウッドすげぇ!」と・・・・更にはショーン・ペン、ティム・ロビンス、ケヴィン・ベーコン共演の『ミスティック・リバー』(03年)と翌04年『ミリオンダラー・ベイビー』で完全にイーストウッドにやられてしまい、以降の監督作はどんな映画であれ「絶対に観なければいけない」という位置付けになってしまった。それから、06年『父親たちの星条旗』&『硫黄島からの手紙』の太平洋戦争二部作で「コレはちょっと・・・・」とガッカリさせつつ、08年の名作『グラン・トリノ』で俳優引退宣言。で、10年の『ヒア アフター』を経てレオナルド・ディカプリオ主演の『J・エドガー』(11年)でコケて・・・・12年に『人生の特等席』で俳優復活!(笑)そして、ザ・フォー・シーズンズを描いた大傑作『ジャージー・ボーイズ』(14年)に続き、イーストウッド84歳にして36作目の監督作となるのが本作『アメリカン・スナイパー』だ。

 ココCROWDで毎月やっている映画(擬似)対談コーナーShort cutでレギュラーメンバーのアキサンが「イーストウッド監督作の、わりかし最近の『グラン・トリノ』や『ミリオンダラー・ベイビー』、『ヒア・アフター』なんかを観てて思うのは、作品自体が寡黙なんですよね。「こういうお話があります、皆さんどうですか?」的な。昔、学校の受業でやった道徳の時間やNHKでやってた中学生日記みたいな。問題提起というか作品のテーマを仄めかすというか。余計な事を登場人物に語らせないんですよね。だから説教臭くない。観る方が自由にその作品の訴えたいテーマをつかみ取る。だから僕は人にイーストウッドの映画薦めるときに、具体的に何が良かったか言えないんですよ。『グラン・トリノ』なんかも大好きなんですけど、観たことない人に何て言って薦めたらいいのかわからないんですよ。」と言っていたけど、全く同感。正に的を得た意見だと思った。これほど心を揺さぶられる映画はなかなか無く、だからこそ「面白かったよ」と簡単にススメられない。それがイーストウッドの映画なのだと思う。

 そしてクリス・カイルを演じるのが今をときめくブラッドリー・クーパー!人気ドラマ『SEX AND THE CITY』のゲスト出演でデビューし、『エイリアス』のレギュラー出演などテレビドラマでキャリアを重ねた後『ハングオーバー!消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(09年)で映画界でも注目を浴びることに。直後、『世界にひとつのプレイブック』(12年)で大ブレイクした彼は遂にクリント・イーストウッド作の主演にまで上り詰めたのか・・・・と感慨深く思っていると、実はブラッドリー・クーパーの方が本作のプロデューサーで、彼の方からイーストウッドに監督を依頼したのだというからまた驚きだ。

 アカデミー賞は逃したものの、スティーヴン・スピルバーグ監督の大傑作『プライベート・ライアン』(98年)を超えて(アメリカで公開された)戦争映画としては史上最高の興行成績を更新している本作。映画の内容に関しては色々と賛否両論の論争が起こっているようだが・・・・って、そりゃそうだろう。この映画はあくまで「ネイビーシールズ」に属するアメリカ兵から見た“一つの視点”にすぎないワケで、それを色んな角度から捉えようと試みたり各々の立場や考え方を持ち出して討論しようとすればそれこそキリがないし、そこに結論など出ないように思う。

 アルカイダ側にもネイビーシールズを次々と倒していく“ムスタファ”という名の敏腕スナイパーがいて、彼とクリスとの戦いが本作のひとつの山場となっているのだけど、そもそもこの“ムスタファ”は実在する人物なのだろうか?凄く気になり色々と調べてみたのだけど結局分からず(皆さんは知っている有名な人物であればすみません!無知なもので・・・・)。原作である本にも登場するらしいのできっと実在する人物なのだろうけど、元・オリンピック射撃競技のイラク代表選手だったという経歴を持ちながら、アメリカがテロリストの重要人物だと追う“ザルカウィ”の周りに常に身を潜めて彼に近づくアメリカ兵をただひたすら撃ち殺していく男。劇中では台詞はひとつもなく、無表情でただただアメリカ兵を撃っていく寡黙な存在だっただけに、彼に一体何が起こってそうなったのか?何を考えてスコープ先の兵士を見ているのか?気になってしょうがなかった。これほど「観る覚悟」の要る映画もなかなか無い。

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