6才のボクが、大人になるまで。

 映画界最大の式典である“アカデミー賞”。約6,000人のオスカー投票者のうち実に94%が白人(しかも平均年齢63歳)という環境なので「今どき?!」ってくらいの白人至上主義的なのは仕方ないとしても、今年はそれがひときわ際立ったノミネートだったと思う。なにせ主演・助演・監督部門が全員白人のみ!「それじゃ、ちょっと・・・・」ってな感じで無理やり『Selma』(キング牧師の映画)の一本を作品賞にノミネートさせてみました〜感もあるくらいに。バラク・オバマがアメリカのトップになってもう6年もなるというのに相変わらず偏見満載のハリウッド映画界は凄い。ま、そう考えたら去年の『それでも夜は明ける』の受賞は物凄い快挙だったのだな(それとも、去年獲らせたからもう暫くはいいだろうと考えているか?)。に加え、ノミネート作の殆どがインディ映画だったことも特筆すべき点かもしれない。メジャー映画はクリント・イーストウッドの『アメリカン・スナイパー』一本のみという。インディ映画がアカデミーを獲れないワケでは決して無いけれど、ココまでデカい賞はやっぱメジャー映画の方が有利なのは間違いなく・・・・じゃ、今年は『アメリカン〜』の一人勝ちじゃないか!と思いきや、その選考中に、戦争映画としては『プライベート・ライアン』(98年)を抜いて、R指定映画としても『パッション』(04年)の記録を抜いて映画史上歴代一位というメガヒットを打ち出してしまったので『アメリカン〜』の受賞はないな、と思っていた(受賞前に既に興行的に大成功した作品には獲らせない感があるのはアカデミーの歴史なので・・・・しかも内容もアレだし)。で、結局『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』が見事作品賞を受賞したのだけど、実は僕は絶対にこの『6才のボクが、大人になるまで。』が受賞するだろうと思っていた。発表前に観れていたワケではないのだけど、同じキャストで12年間も撮影し続けるなんてその試みは映画史的にも貴重だろうし、基本的に意見が相反する評論家と観客の両者から大絶賛されていたから。(それにしても、タイトルからしてインディ感満載な『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』、誰がこの邦題を決めたのだ?小沢健二か?)

 青空をバックにタイトル。そしてColdplayの「Yellow」のイントロが流れてきた冒頭で「あぁ、オレこの映画大好きだな」と確信したほど物凄い“好み”の映画だった。物語は、6才のメイソンJr(エラー・コルトレーン)の両親が離婚して、お母さんと一緒に引越しして、そのお母さんが再婚した新しいお父さんはアル中のろくでもないヤツで、また離婚して引っ越して再び再婚するもそのお父さんともうまくいかず・・・・で、また離婚して引っ越して〜というお話。現実に両親の離婚や引越しってのは当事者にとっては凄く大きな出来事なのだけど、映画の物語としては別段コレといった事件などが起こるワケではない。親(母親の再婚相手)や周りの友達、住む環境とかが絶えず移り変わるのだけど、ずっと変わらないのが母親(パトリシア・アークエット)と姉、それと生みの父親であるメイソン(イーサン・ホーク)の4人。父親として“しつけ”の為だと口うるさい再婚相手に対し、イーサン・ホーク演じる実父はたま〜に会いにきてただ一緒に遊ぶだけの友達のような存在。この「どちらが正しいか分からない」関係がまた面白いのだ。そもそも冒頭での2人の口論にある通り、互いが離婚した理由は「自分自身がまだ子供だったのに急に親になった」ということがポイントで。子供ができれば誰しも自動的に“親”になれるワケではない。“親”になるために頑張らなければ“親”にはなれないのだな。客観的にみれば、パトリシアとイーサン演じるこの2人が一番相性の良い夫婦に思えて仕方がないのだけど、タイミングが悪かっただけなのだろう。会えばあの頃の2人に戻ってしまうからすぐにケンカをしてしまう・・・・本当は互いに充分に成長していて分かり合えるはずなのに。それまで子供たちに散々「早く自立して家を出て行って!私は若い頃から遊ぶ時間もなくずっと子育てをしてきたのだから。私にだって自由が欲しい!これからは私の時間よ!」と言ってきたのに、ラスト、先に自立した姉に続き、弟であるメイソンJrも大学進学のため家を出て行くことになり、母と息子2人で住んでいた家を出て行く準備をしている最中に突然母が「何を浮かれてるの?」と怒りだし「私にとって今日は人生最悪の日。頑張って子育てしたきたのに結局独りぼっちになるじゃない!」と号泣する・・・・このシーンを平然とやりすごせる“親”がいるだろうか。その後彼女は「もっと長いと思ってた・・・・」と嘆くのだ。家族でいる時間はまだまだ永遠に続くと思っていた、と。泣けるよなぁ〜・・・・。

 僕も6才の時に両親が離婚し、あちこち預けられたり転校を繰り返したりと親に振り回されてきたけれど、周りの大人からみたらきっと僕はいつだって平気な顔をして過ごしていたはずだと思う。この映画の姉弟のように。子供は親や環境を選べないのだから仕方がない。何が起きても平気な顔をして順応していくしかないのだから。映画のラスト、そしてようやく自分の自由な時間がきたというメイソンJrの表情と、同じくそうなると思っていた母親の心境のギャップが切なくも素晴らしい。本作は、彼らの日常がただ淡々と描かれているだけなのだけど、全てのシーンにいくらでも深読みできるし、誰に自分を重ねるかでもその印象は大きく違ってくるだろうと思う。「まるで家族ビデオを見せられているようだ」という酷評もあるみたいだけど、僕はそれこそが本作の魅力だと思うのだけど。全ての家族に於いて、全ての一瞬一瞬がかけがえのない大切な瞬間なのだという。

 監督はリチャード・リンクレーター。男女の出会いから別れ〜そして大人になってからの再会等を18年間ずっと同じキャスト(イーサン・ホークとジュリー・デルピー)で描いた『ビフォア・サンライズ』(95年)、『ビフォア・サンセット』(04年)、『ビフォア・ミッドナイト』(13年)の三部作が有名な監督だけど、この手法と同様に『6才のボクが、大人になるまで。』の最大の魅力は何と言ってもエラー・コルトレーン演じるメイソンJrが6才から18才までの実に12年間もの間を撮影しているという点に尽きるだろう。加えて2時間半もの長尺なので、なんだか彼らとずっと一緒にその人生を歩んできたような感覚になるのだ。観終わった後になんか寂しくなって彼らにまた会いたくなるような(笑)。で、メイソンJrが段々と父親役のイーサン・ホークに似てくるのが不思議。続編も既に決定しているようなので楽しみだ。心の片隅にずっと残るような一本。オススメです。

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