ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション

 実は僕は、人の顔が覚えられない“失顔症”だと世間にカミングアウトしようとした時期がある。既に何度か会っているのに「この人誰だっけ・・・・?」と思い出せないことが日常茶飯事にあり、その際、相手に「あれ?もしかして覚えてない?」と不安がられるよりもいっそのことカミングアウトして理解を得ようとしたのだ。ちょうどそんな時、ハリウッドの大スターであるブラッド・ピットが“失顔症”だと公表したものだから同じタイミングで「そう、オレも!オレも!」と言えばなんだかお洒落でカッコ良いんじゃないか?と思ったり。それを嫁に相談すると「いや、あんたのは絶対に失顔症などでない。ただただ覚えていないだけ。もしくは飲み過ぎか。・・・・あれ?もしかして、ブラピと同じ病気だと言えば許されると思っているんじゃない?」と図星を突かれ、暫くヘコんだのだが。

 同様の“学習障害”を持つ大スターとして有名なのがトム・クルーズだろう(彼の場合は“失読症”だけど)。ハリウッドの大スターとしては“失読症”よりも、168センチと(163センチとも)云われている身長の低さの方がよっぽどハンディのような気がするのけど、そんな彼が世界一カッコ良い大スターになったのだから、背の低さにコンプレックスを持っている僕のような男はどれほど勇気付けられたことだろう。身長がギリギリ170ちょうどしかないくせに骨格も細くおまけに猫背なので実際よりも更に小柄に見えてしまう僕は、昔からそれがずっとコンプレックスであった。女子にモテないのはこの身長のせいだ、男子からナメられるのはこの身長のせいだ、と(家族にも友人にも贅沢なほど恵まれている40過ぎた今となってはそんなことはどうでもいいことなのだけど)。小・中学校くらいまでは決して小さい方ではなかったので、高校生くらいからコンプレックスが芽生えだしてきたように思う。そんな僕にガツン!と衝撃を与えてくれたのがトム・クルーズだったのだ。女子からモテなかったのも、男子からナメられたのも身長のせいなんかではないじゃないか!彼の身長を知った時、どれほど自信を取り戻せたことか・・・・。が、それを意気揚々と周りに話した時、「っていうか、そもそも見た目が・・・・」とみんなから言われ、再び殻に閉じこもったのだが。

 人には誰しも“あそび”の部分があり、コレが凄くその人の個性を左右していると思っている。“あそび”ってのはいわゆるハンドルの“あそび”の部分・・・・真からちょっとだけずれた部分というか、グレーゾーンというか、「ま、これでもいっか」と思える部分というか・・・・巧く言えないけれど。この部分が、子供の頃に大きかった人は大人になるにつれ小さくなっていくし、逆に子供の頃に小さかった人は大人になるにつれ“あそび”の部分が大きくなっていくように思う。どちらが正しいとか、どっちが普通だとかは分からないけど、とにかくそう思うのだ。因みに僕は圧倒的に後者で、歳を重ねる毎に色んなものが「ま、いっか」と許せるようになってきたし、楽しめるようになってきた。そんなことを考える時、いつも思い出すのがトム・クルーズだ。有名な「オプラ・ウィンフリー・ショー事件」(恋人であるケイティ・ホームズに対する愛を語る時に感極まってソファーの上で飛び跳ねたりと奇行を披露した)を例に挙げるまでもなく、良く言えば「いつまでも少年の心を忘れない」ってことなのだろうけど、この人は大人になるにつれどんどんエスカレートしていくように思う。

 元々はアメリカのTVドラマであった「スパイ大作戦」(66年~73年)だが、今やすっかりトム・クルーズが所有する巨大フランチャイズとなった『ミッション:インポッシブル』シリーズ。思えばコレこそがそのままトム・クルーズの個性を表したかのような映画ではないだろうか。やる度に物足りなくなってきて、どんどんエスカレートし・・・・5作目となる本作『ローグ・ネイション』ではもうこんなにバカバカしいことになってしまいました、っていう。予告編で既にそのバカバカしさが際立っていた“飛行機しがみつき”のシーンは冒頭でサクッと終わらせて、まだまだ度を超えたシーンが他にもたくさん用意されているのだから凄い(特にバイクでのチェイスシーン)!スパイ映画王道の二転三転する物語&シーンも充分だし、登場人物が少ない分“ジェレミー・レナー”扮する“ブラント”と“サイモン・ペッグ”扮する“ベンジー”の見せ場もしっかりあって大満足の一本だ。サービス精神旺盛のトム・クルーズが惜しみなく作った究極のエンターテイメント超大作!アクション・エンタメ作としては今のところ本作がその最高峰じゃないだろうか。

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