ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK ~The Touring Years~

 62年10月にデビューし、70年4月に解散したビートルズ。彼らが活動していたのはたったの8年間だけど、僕はその8年間が“rock”と“pop”の全てだと思っている。この8年の間で今に至る“rock”と“pop”の原型なるもの(バンドの形や音や楽曲、コンサートやツアー、メディアとのやり取り、musicビデオ、などなど・・・)が確立したのだと。久しぶりに劇場の大画面と大音響でビートルズを見た時、その瞬間に涙が出た。もうそっから(ていうか、冒頭から)最後までずっと涙目である。時に思わず嗚咽まで出てしまうから恥ずかしいこと極まりなく・・・。今までそれこそ飽きるくらいに彼らの映像を観て、飽きるくらいに彼らのレコードを聴いてきたのに。何故に僕はビートルズにこんなに泣けてしまうのだろう?僕がどれほどビートルズを好きか?ってのは(まぁ、皆さんにとっては知ったことではないしどうでもいいとは思うけれど)以前このコーナーでの『愛しのフリーダ』(13年)で書いたので端折るとしても、ビートルズについて何かを書こうと思ったら、あの事も書いておきたいし、あのエピソードも外せない、あの件にも触れないワケにはいなかないし・・・と、取り留めがつかなくなってきて書く前からウンザリしてくるので、今回はこの『ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK ~The Touring Years~』という映画についてだけ書こうと思う。

 本作はタイトルが示す通り、64年の全米ツアーを中心に前後63年~65年の3年間で行われた世界ツアーがメインに描かれる。正にビートルズが全盛期の頃だ。・・・と書くとまた語弊があり「ビートルズの全盛期とはどの時期だ?」と議論にもなるのだけど、一番世界中からキャーキャー騒がれた時期であるのは間違いないだろう。行く先々で会場がどんどんデカくなり、遂には(当時としては)前人未到のスタジアム級にまで発展していく過程は鳥肌モノだ。そしてコンサートの度に必ず出る負傷者。当時の警察・警備はバンドのコンサートでまさかこんなことになるなんて想像もしなかったのだという。ツアーに同行したアメリカのテレビ局ディレクターが「彼ら(ビートルズ)と一緒にいると非常に危険です!想像を絶する数の群衆が凄い勢いで押し寄せてきて警察や警備のバリケードも突破してきます!完全に暴動です!」と上司に報告した肉声がリアルだった。にも関わらず、当時の大人たちは「すぐに終わる、ただのブーム」だと誰もがとらえ(もしかしたらメンバー自身すらも)、64年の春に「秋までには完成させて公開しよう。この夏にはブームは終わるから」と映画会社ユナイテッド・アーティスツが急いで製作したという『ビートルズがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!』の完成秘話も面白い。それと、今では考えられないようなメディアからのインタビュー。「何故あなた達はそんなに偉そうなの?」「偉そうにしてないよ」「いえ、物凄く偉そうに見える」とか「今度のコンサートのチケットがまだ余ってるけど、どう思う?」とか、やたらと攻撃的で意地悪な質問ばかりしてくるメディア。こんな若造が世界中でとんでもなく人気者になっているのだから大人たちは何か気に食わなかったのか(それは「ジョンのキリスト発言」と「フィリピン事件」でピークを迎えるのだけど)。あと、いつもインタビュー中にメンバーがタバコを吸っているのを見て、もしかしてコレが「rock=タバコ」の原点なのかなぁ~と思ったり。とにかく、一瞬一瞬全てのシーンが感慨深い2時間17分。あっという間だった。

 今まで数多くのビートルズ関連の映画や映像が公開され、95年には12時間近くにも及ぶ壮大なドキュメンタリー『ザ・ビートルズ・アンソロジー』という極めつけがリリース!更にその中で「Free as a Bird」と「Real Love」という、まさか?!の新曲まで発表されたんで、あれでもうビートルズ・ネタもすっかり出尽くしたかと思っていたら「まだあったか?」という未公開映像の数々!流石にオフィシャルでは出尽くしたんで、今回はファンなど一般の人たちからも映像を集めたのだという。しかも監督はロン・ハワード!『バックドラフト』(91年)や『アポロ13』(95年)『ビューティフル・マインド』(01年)などの監督で、最近ではダン・ブラウンのミステリー小説シリーズ『ダ・ヴィンチ・コード』(06年)と『天使と悪魔』(09年)の続編となる『インフェルノ』の公開が控えている超大御所である。だから、通常のドキュメンタリーに終わらず「バンドの成功という夢を叶えた若者の青春映画」という物語的にも大傑作となっているのだ。先述したように今まで沢山のビートルズ映画が量産されてきたと思っていたけれど、よくよく調べてみたらビートルズ公認のアップル作品としては『ビートルズ レット・イット・ビー』(70年)以来、実に46年ぶりとなる映画作なのだそう。なるほど、本家“アップル”からは意外と作られていなかったのだな。尚更、本作の貴重度が高まる。

 65年“ニューヨーク シェイ・スタジアム”で、ビートルズ史上(というか音楽史上)最大規模55,000人の観客の前で行われたコンサートの終了後、本来なら犯罪者を移動させるための装甲車で会場からホテルまでの移動中「観客は音楽を聴きにきていない。ただビートルズというサーカス(見世物)を見にきているだけ。もうやりたくない」とジョージ・ハリソンが呟き、66年8月サンフランシスコでのコンサートを最後にファンの前で演奏することを止めたビートルズ。本作はそこで終了する。(僕個人的にはそっからのアルバムの方が好きなのだが)その後の「リボルバー」(66年)「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」(67年)「ザ・ビートルズ(ホワイトアルバム)」(68年)「イエロー・サブマリン」(69年)「アビイ・ロード」(69年)「レット・イット・ビー」(70年)を全部すっ飛ばして、ラスト、事実上ビートルズ最後のLiveとなった69年1月に行われたアップル社の屋上での映像。コレがまた泣けるのだ!なるほど~、本作が「The Touring Years」というサブタイトルを付けたのはそういうことなのか。いきなり、アイドル然とした雰囲気が全く無くなり、それと引き換えに一人ひとりがモンスター級の貫禄を携えている!たった2年の間に20も30も歳を取ったような風貌に驚き「一体何があったのだ?」と思ってしまうくらいなのだけど、想像を絶する濃い年月を過ごしてきた彼らは(比喩ではなく)本当に一気に歳を取ったのではないだろうか。人間、短時間であまりにもデカくなりすぎると外見もそれに伴ってあんな感じになるのかもしれない。

 伝説となったその“ニューヨーク シェイ・スタジアム”でのコンサート。5万人以上の人々がただただキャーキャー泣き叫んでいるため当時の機材ではメンバー自身は何も聞こえて無く、リンゴのスネアだとか、お互いのフレットの位置、頭の動きなんかで合わせていたというのだから凄い。劇場限定なのだけど、前座を合わせて約50分の演奏のうち30分程度に編集されたその映像が4Kでの高解像度のリマスター映像に5.1サラウンドとして特別公開されているのでビートルズ・ファンは絶~対に見逃さないように!実はビートルズってのは物凄いLiveバンドでもあったのかもしれない。

 お店や酒場は勿論、トイレやゴミステーション・水飲み場までも白人と有色人種が別けられ、徹底したアパルトヘイト政策が進められていた当時「肌の色で席が違う、ましてや会場が違うなんてのはありえない」と、歴史上初めて全席自由にしたというエピソードを初めて知り、「全然イケてる子じゃなくても誰でもビートルズのファンになることができた。それがとてつもなく素敵なことだった。会場で廻りを見回すといろんな肌の色をした人がいて、そんなの初めてだったからビックリした」と言うウーピー・ゴールドバーグの言葉が凄く心に残った。

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