ぼくのおじさん

 幼少時代の僕は少食でやせっぽっちなガリガリだった。家系とか体質的なものなのか?親父も爺さんも一族みんな似たような体型なのだ。今でこそダイエットに励んでいるが、昔は「もやしっ子」とあだ名されたりで本当にコンプレックスだったのを覚えている。思えば、その当時の「時代性」もあったんじゃないだろうか。「普通」より痩せてたり太ってたりする子を「もやしっ子」やら「デブ」やらと、とにかく排除する風習・・・・というか平気で排除できる風習がまだ世の中にまかり通っていたのだと思う。「痩せもデブも個性」と言える寛容性や感性がまだ世の中にも人にもなかったのだろう。やはり同じDNAを持つガリガリの長男(中1)に「あだ名とかある?」と訊いてみると「ボーン」なのだという。咄嗟に「ジェイソン・ボーン」か!カッコ良い~!と思うも「ボーン=骨」なのだそう。やはりオレの息子だ。でも「もやしっ子」より断然カッコよくなっているからいいじゃないか。

 そんな僕が小学生の頃、デパートに勤めていた親父の代わりにいつも運動会とかに来てくれる“おじさん”がいた。親父の弟なのだけど長男である親父とは10以上も歳が離れていたから僕が小学生の頃はまだ20代だった“おじさん”。やはり痩せ型にも関わらず筋トレを趣味にしていたため、いわゆる“細マッチョ”で運動神経もバツグン。加えて、夜の飲み屋を自営していたこともあってかどこか浮世離れしたところもあり、大好きな自慢の“おじさん”だった。本作『ぼくのおじさん』のタイトルとチラシを見て真っ先に心に浮かんだのがこの“おじさん”だったのだけど、映画を観てみてもやはりかぶってくるから不思議だった。実際のキャラは全然違うのに。

 学校の作文コンクールで「自分のまわりにいる大人」をテーマに作文を書くことになった小学4年生の“ぼく”。公務員のお父さんにも専業主婦のお母さんにもなかなかネタが膨らまない。お爺ちゃん、お婆ちゃんは身近にいないし・・・・困り果てているところに“おじさん”が「漫画を買ってこい(しかも割り勘で)」と買い物を言いつけてきて・・・・。“おじさん”というのは“ぼく”のうちに居候をしているお父さんの弟で、週一回、大学の臨時講師として哲学を教えに行っているけれど、それ以外はほとんど万年床に寝転がって漫画を読んで過ごしているダメ人間だ。いつもゴロゴロしているくせに一緒に遊んでくれないし、スポーツもからきしダメ、勉強も教えてくれない、お小遣いもくれない。更には、自分では何もしようとしないくせいに屁理屈ばかり言ってまわりを腹立だせる。そんな“おじさん”をテーマに「ぼくのおじさん」という作文を書き始めることに・・・・。

 原作は、昭和37年~38年に雑誌(「中二時代」~「中三時代」)で連載され、72年に単行本化、81年に文庫化された北杜夫による児童文学で、恥ずかしながら僕はその存在すらも知らなかったのだけど、かつて(74年)はNHKでTVドラマ化されたほどの名作なのだそう。途中、一目惚れした女性を追いかけて“おじさん”と“ぼく”がハワイに行く~という大きな流れはあるものの、全編を通してコレといった出来事も起こらなければ事件もなくただただ淡々と物語は進んでいく。かと言って「ロードムービー」とも全然違うし(分かり易いほどの起承転結があるので)、実に独特・・・・というか個性の強い映画だった。そうそう、独特と言えば、まるで舞台でも観ているかのような芝居じみた演技・演出はなかなか「映画」で観ることがないので始まって30分位は違和感が拭えず入り込めなかったのも正直なところだが、しかし何と言っても“おじさん”を演じる松田龍平がとにかく魅力的だった。なるほど~、この映画化にあたり“おじさん”は松田龍平ありきだったというのも頷ける。監督は『リンダ リンダ リンダ』(05年)や『マイ・バック・ページ』(11年)などの山下敦弘。観終わった後からジワジワくる、たまにはこういう映画もいい。

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