僕のワンダフル・ライフ

 どんな理由だったのか?今では全く思い出せないのだけど、大先輩である本webマガジン(当時は月刊誌だった)CROWDの井上社長と電話口でちょっとした口論になったのだ。しかも22時とか23時とか、そこそこ遅い時間だったと思う。もう15年以上前の一夜のことだ。「じゃ、今からウチくる?」と言われ夜中にも関わらず井上宅に。最高に緊張しドキドキしながら玄関のドアを開けると井上社長の後ろから大きなゴールデンレトリバーがのしのしと歩いてくる!井上社長の「行け」という一言できっとこの犬は僕に飛びかかってくるのだろう。「食われたな・・・」と覚悟するも勿論そんなことはなく。それから口論の原因となった事を話し合ったのだけど、何故かその間ずっとそのゴールデンレトリバーは僕の足にドサっともたれかかっていたのだ。まるで、怒られているように見える僕を慰めてくれているような温もりと重たさにすっかり心落ち着き、後半は二人でずっと犬の話しをしていたと思う。

 まだ新婚当初で嫁と二人暮しだった僕らはすぐに“犬の飼える物件”を探し廻り、仔犬のゴールデンレトリバーとの生活を始めることに。ゴールデンにも関わらず“リキ”という和風な名前を付けたのは、僕が幼い頃に飼っていた犬と同じ名前を付けた為だ。やがて長男が生まれ、次男が生まれ、そして念願のマイホームを建てて引越しし・・・・そこにはいつもリキが一緒だった。リキも、そしてその全てのきっかけを作ってくれた井上家のジョリーも今はもう居ないけれど、僕らがリキやジョリーと一緒に暮した8年間ってのは、思い出すと何故だかどのシーンもキラキラしていて、とても穏やかで幸せな日々だったように思う。

 『僕のワンダフル・ライフ』の舞台は60年代~80年代(この時代設定がまたいいのだな)。仔犬の頃から少年イーサンに飼われているゴールデンレトリバーのベイリーが主人公で、やがて寿命を迎え飼主より先に亡くなってしまうのだけど、愛するイーサンに逢いたいベイリーは”別の犬”として何度も生まれ変わるという「犬の輪廻転生」を描いたファンタジー映画だ。人と犬とのどこか切なくもある絶対的な関係性ってのは、どうしても犬の方が先に死んでしまうというこの「寿命の長さ」にあるように思う。物語りの軸は飼い主のイーサンとその彼女であるハンナなのだけど、主役が犬のベイリーなので、雑種~ゴールデンレトリバー~シェパード~コーギー~セントバーナード~と生まれ変わる度に犬種も性別も変わり、飼い主の生活環境に合わせてそのドラマもまるっきり変わってしまうってのが本作の最大の特徴だろう(特に警察犬として活躍するシェパードのパートはもう全く別映画だ)。「子供は親を選べない」って言うけれど、同様に犬は飼い主を選ぶことはできず、その飼い主次第で幸か不幸か全く変わってしまうのだな。ペットショップや“里親募集”の犬を見る度「いい飼い主に飼われろよ」と思うのだけど、この映画を観て一段とその思いが深くなった。

 監督は、ジョニー・デップとレオナルド・ディカプリオの名作『ギルバート・グレイプ』(93年)や、トビー・マグワイアの『サイダーハウス・ルール』(99年)、ジュリエット・ビノシュとジョニー・デップの『ショコラ』(00年)など、実に奥深い人間ドラマを描き続ける名匠ラッセ・ハルストレム。彼が犬をテーマに描くのは、監督がハリウッドに進出するきっかけとなったスウェーデン映画の名作『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』(85年)と、リチャード・ギア主演で忠犬ハチ公を描いた『HACHI 約束の犬』(09年)に続き3本目となるので、きっと相当の犬好きなのだろうと思う。

 原作のW・ブルース・キャメロンが「愛犬を亡くし悲しみにくれる恋人を癒す為に『野良犬トビーの愛すべき転生』を書いた」と言うだけあって、このとんでもなく“犬愛”に満ちた物語は愛犬家と犬好きには大絶賛必至だろうと思う。リキが死んだとき、家族みんなの「もう二度とこんな悲しい思いはしたくない」という意見から犬は飼っていなかったのだけど、この映画を観ると「犬を飼った人は誰でもそう思いながらもやっぱりまた飼ってしまう」ということが何故なのか?解る気がする。なんだか無性に犬が欲しくなった・・・・と言うか、リキに会いたくなった。

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