GBCでグランプリの栄冠を獲得
似合う髪を追求してきたアミーの取り組み

 「鹿児島代表の2枠ともうちだったので、今年はもしかしたらいけるかもと話していたんです」。全国大会に3年連続出場、そしてこの15年で6回。「でも自分で会場まで行っての応援は10年ぶり。おかげで晴れの舞台を目前で見る事ができました。不思議ですね(笑)」。日本を代表する美容コンテストの一つ、グローバルビューティーコングレス(GBC)。2010年のグランプリは、鹿児島代表のアミーグループ・DECOR第二チーム。しかも15年前に続き二回目のグランプリは大会史上初だ。
GBCはカットコンテストではない。モデルと服が当日抽選で決まり、それに合うヘアメイクとメイクアップを制限時間内に完成させる。瞬時の判断、そして引き出しの多さが勝負を分ける。「美容師はプロですから、技術は上手くて当たり前。お客様の評価は何より自分に似合う事、そしてそれが好きかどうか。それを捉えられる感性が美容師に必要です。価格や時間を売りにするやり方もありますが、我々はそれと競わない。厳しい目のお客様に選ばれるサロンでありたいんですよ」。アミーグループはどれだけ忙しくても、コレクションやTV番組のヘアメイクに積極的にスタッフを送る。そうした日々の地道な活動も勝利のベースとなっているのだ。

10年目の挫折と大掛かりな自己変革
組織のあり方を学び、考え抜いた5年間

 アミーグループは創業30周年を迎えた。30年前といえば、ヴィダルサッスーンによってカットが理論化され、男性美容師が台頭した時代。美容業界は企業化にシフトし、市場規模が巨大化していった。アミーも創業から順調に成長し、店舗数も拡大。しかし10年目に大きな挫折を味わう。店長クラスのスタッフがことごとく辞め、一気に店がピンチに。「30歳で独立すると40歳くらいでその波が来る。怖いのは、その位の年齢になると守りに入って、次の新しい一歩をなかなか踏み出せない事です」。自分の何がおかしいのか、様々な勉強会に参加しながら5年かけて探し続けた。スタッフも勉強会に連れていき、社長が何を学ぼうとしているかを見せた。費用は莫大なものとなった。「普通、人は居心地のいい組織についていきたい。それまでは組織イコール自分でした。でも企業には理念が必要なんです。理念には社員も社長も従う。企業の有り方を学んだんです」。語り口は穏やか。しかし言葉には体験に裏打ちされた重みと沸々とたぎる思いがある。「知らない事を知るというのは面白いですね。変化を感じるから一生懸命に取り組めた。60になろうとしている今でも自分を変えたいという気持ちはあります。だってそれこそが自己実現だと思うから」。

夢を共有できる組織を作りたい

そして若い人に伝えたいこと

 「この業界に入った時、実はインストラクターになりたかった。教える事に興味があったんです。でも後でわかった。『経営者=インストラクター』。美容業界は教育産業なんです」。新人を入れ、一人前に成長させて店を維持する。教育なしには成り立たない。そして力を結集するからこそ組織は成長する。「40歳の時に悟ったんです。組織は継続しないと意味がない。継続こそ自分の役割であると。20年前は自分だけの夢でした。でも本当は皆にとっても良い夢でなければならない。それに僕は人と仕事をしたかった。多くの人と仕事をしたかったから起業したんだと思うんですよ」。自分一人で、家族と、そういう仕事の仕方もある。でも阿野山会長は多くの人と喜びを共有する道を選んだ。だから喜びを仲間と共有できる仕組みを作った。「それは力があると認めた人に新しいお店の経営を任せる事。つまり社長を育成する事です。会社に勢いがあっても辞めて独立していく。それは私とその人が夢を共有できてなかったから。独立して自分の店を経営するという夢を私も共有できる仕組みを作った。だからアミーグループには自分の店を経営する社長が何人もいます。そして10年以上自分の店を経営してきたグループ内の一人に、私の社長の座を譲り、会長に退く事ができたんです」。多くの人と仕事をする。目標を共有する。美容のプロを育てる、そして社長を育てる。阿野山会長の30年は、一つの言葉を信じ続けてきた結果でもある。「それは『心に描いた夢は必ず実現する』という言葉です。私はこの言葉をいつも頭において仕事をしてきました。アミーコーポレーションは社員にチャンスを与える会社です。自分の夢を実現できる会社です。自分らしい活躍の場を得て、思い描いた人生を歩もう。私は若い人にそう呼びかけたいですね」。

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